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エコバッグを持つ=SDGs、は間違いです。
視点を変えれば見えてくる世界

SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる「誰一人取り残さない」社会をつくるために、国連加盟国は行動しています。国に与えられた課題ですが、私たち一人ひとりが自分ごととしてとらえ、考え行動していくことが大切です。
前回と前々回の記事では、17個の目標に対して、世界や日本の現状を見てきました。「知る」ことも一つのアクションですが、具体的な行動につなげていくことが大事。そこで、今の私たちが「誰一人取り残さない社会」の実現に向けてできることを、東京大学総合文化研究科特任准教授 井筒節さんに教えていただきました。


地球環境に配慮した行動=SDGsではありません

SDGs

前々回の記事「あらためておさらい!SDGs(持続可能な開発目標)とは?」でもお話をしましたが、具体的な数値目標を達成することを目指すのがSDGsです。コロナ禍において緊急的な課題も多く、声をあげられずに苦しい立場にいる人も多く存在します。

日本でもSDGsの認知度はあがってきましたが、「フードロスを減らそう!」「マイバック、マイ箸、マイボトルを持ち歩こう」「ゴミのポイ捨てはやめよう」といった、スローガンのようにとらえている人が多いように見受けられます。

買い過ぎ、つくり過ぎによる食べ残しや飲食店での廃棄を減らすことはとても大切ですし、「12.つくる責任つかう責任」につながるでしょう。他の関連する目標に対しても前向きな効果がある一方、それだけでは、SDGsが目指す具体的な目標達成にはなかなかつながりません。

レジ袋やプラスチック製品の削減、公共交通機関を使うことによるCO2排出の削減、節水、節電、ゴミのポイ捨てをしないといったことは、環境に配慮した活動で、未来の地球とそこで暮らす人々のためになります。そして、SDGsでは、これを一歩進めて「誰一人取り残さない」方法で進めていくことが大切です。例えば、環境政策のために、先住民が何世代にもわたって大切にしてきた土地を奪われたり、新しいマイバッグ工場のために森林や水脈が汚され、多様な動物や昆虫たちが絶滅したり、新たな電気政策が高齢家庭や障害のある人、貧困で苦しむ人たちの生活を追い込まないようにすることはとても重要です。

そして、今、自分がしている行動はどの目標達成に役立っているのか、他の分野とどのような関わりがあるのかを考えることはとても大切です。また、例えばレジ袋を削減するためにマイバッグを持ち歩くことで環境汚染が防げたとしても、そのことで弊害はないのかといった議論がなされるようになってきましたが、これもとても大事な視点だと思います。


視点を変えて見ることで、新しい気づきが生まれる

一番苦しい立場にある人たちに目を向け、困難な状況を改善していくのがSDGsです。しかし、当事者の人たちのなかには、なかなか声をあげることができない人も多くいます。妊婦さんがつけるマタニティマークや、最近は周囲に配慮を求めるヘルプマークも広がってきました。今の社会はマークで当事者であることをカミングアウトしていますね。とても有用な取り組みですが、いろいろな事情でマークをつけたくない人もいます。

また、見た目ではわからないようなLGBTや精神障害がある人は、いまだ差別や偏見に出会うことがあり、自分たちから声を発することをためらう方もたくさんいます。
そもそも属性に関わらず、声高に主張することが得意でない人の方が多く、声にならない声はたくさんあるものです。また、困っている人がいて協力したいと思っても「お手伝いしましょうか?」と声をかけることも遠慮しがちなのが日本人の奥ゆかしいところでもあります。電車でお年寄りに席を譲るのにも勇気がいるという話をよく聞きますよね。

そこで視点を変え、当事者ではなく「よければ協力しましょうか?」と協力者カミングアウトをあらわす「マゼンダ・スター」というバッジができました。これは、東京大学の学生たちが立ち上げた「エンパワー プロジェクト」から生まれたアイテムです。

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エンパワー プロジェクトは、誰もが気楽に協力し合える社会を実現したいと発足されました。
誕生の背景の一つに、日々の生活のなかで困ったときに助けてほしいけれど声をかけられない経験をしたことがある、そんな小さな孤独感があります。協力してくれる人がいたら安心して暮らせる世の中になり、「誰一人取り残さない社会」につながると考えたからです。


また、2006年に国連で採択された「障害者権利条約」によって、障害の考え方が大きく変わったことも活動のきっかけに。
かつては、病気によって足が不自由であったり、耳が聴こえなかったりすることが障害と考えられていました。障害者権利条約では、例えば車いすを利用している方は、段差の代わりにスロープやエレベーターを利用できれば、行きたい場所に行け、やりたいことができるようになるのであって、「障害」はその方の生活を妨げる段差や階段が生んでいるものなのだから、社会の障壁をなくしていこうというとらえ方です。

「障害」「障壁」は社会が生み出すものなのです。点字ブロックの上に自転車が置かれていれば、その自転車が障壁です。

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病気だけでなく、例えば女性の社会進出を阻むものは、女性の能力が低いのではなく、社会制度や周囲の考え、態度、環境です。社会の障壁を取り除いていくことが、「誰一人取り残さない社会」の実現に近づく一歩なのです。

エンパワー プロジェクトは先入観や偏見といった心の障壁をなくし、また、属性で人をカテゴライズする代わりに、その場その場のニーズに目を向け、違いをいかして協力し合える社会を目指しています。この活動は国連でも評価され、国境を超えて「マゼンダ・スター」が活用されています。

「マゼンダ・スター」のテーマカラーにはSDGsの「 10.人や国の不平等をなくそう」の色であるマゼンダ・ピンクを採用。若者でも身に着けやすいデザインになっています。よく見るとディテールに凝っていて、国旗によく取り入れられている星を中心に、SDGsの目標数である17角形がまわりを取り囲んでいます。缶バッジのほかに、ステッカーや絆創膏、キーホルダーなどバリエーションも豊富です。エンパワー プロジェクトのHPで購入できるので、ぜひチェックしてみてください。
エンパワープロジェクトは、さまざまな違いについてわかりやすくまとめた書籍『「ちがい」ってなんだ? 障害について知る本』(学研プラス)の製作にも携わっています。

エンパワー プロジェクト
https://empowerproject.jp/


さまざまな声に耳を傾け、補い合っていきましょう

SDGs達成には個人、企業、行政などさまざまな立場の人の協力が不可欠です。問題解決のためには、話し合いが大切。一人ひとりの価値観が違いますから、ときには衝突することもあるだろうし、声が大きい人の意見ばかりが取り上げられるかもしれません。話し合いの輪に入れずにいる人がいるかもしれません。SNSなどで意見を募ったとしても、発信できない人もいます。
そんなときは、声をあげられない人の聞こえない声にも耳を傾けてください。目に見えないものにも目を向ける意識を持ちましょう。

また、自分と違う考えを批判したり、対立したりするのではなく、尊重し耳を傾けることもパートナーシップであり、多様性を尊重する社会です。違いから生まれる格差ではなく、違いを尊重することで生まれる新しいアイデアを大切にしたいですね。

私たちは一人ひとり違った個性を持って生まれ、得意なことも異なります。それが当たり前なのです。違いを尊重し合える社会、お互いを補える社会をつくることが、SDGs達成へのアクションになります。

SDGsには文化芸術の項目はありませんが、演劇など芸術分野やファッションなどを通じた取り組みも広がっています。素敵だなと思う活動を応援したり参加したりすることも、私たちができることの一つです。

“17の目標”が達成された未来はどんな世界になるのかーーを思い描き、世界共通目標に向かって協力し合っていきたいですね。


Profile
井筒節(いづつたかし)
東京大学総合文化研究所・教養学部特任准教授。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野保健学博士。国連人口基金専門分析官、国連本部精神保健・障害チーフ、世界銀行上級知識管理官、国連世界防災会議障害を包摂した防災フォーラム議長、国連障害と開発報告書精神障害タスクチーム共同議長などを経て現職。劇団四季やディズニー作品の翻訳、解説も担当。


SUPERVISION = 井筒節
TEXT = 岩淵美樹
PHOTO = 植一浩

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