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素の自分に気づく。スローな農業が教えてくれること【ファーミングで広がる未来】

未来の食の安定供給や雇用創出、環境保全など、さまざまな社会問題を解決する糸口となりうる農業。SDGsの観点から、農業のあり方や、個人の“食”に対する意識が変化しています。そこで“持続可能”をキーワードに「農」と「食」に向き合う農家や企業、人をフィーチャー。

今回は、新潟県・佐渡島と兵庫県・淡路島を中心に自然栽培農家を営む「イケベジ」のインタビュー後編をお届け。昨年オープンし、栽培した野菜などが購入できる「The Gallery IKEVEGE(イケベジ)」について、イケベジ発起人のひとり、本間涼さんと、ファームキャプテンを務める荒井瑠伽さんにうかがいました。


植物と人がいきいきと育つための“余白”

― 野菜を育てる栽培過程、土の中の微生物、自然環境、スタッフの気配りなど、目に見えない細部にこだわり、真摯に取り組むことを、“美しい・イケてる”と定義している「イケベジ」。昨年、東京世田谷区・駒沢にオープンした「The Gallery IKEVEGE(イケベジ)」は食品や衣服など、ジャンルの垣根を超えて“美しい・イケてる”という共通点をもつ商品が並びます。


本間さん(以下敬称略) イケベジは多様な個性や能力がのびのびと過ごせるプラットフォームでありたいと思っています。「The Gallery IKEVEGE」では僕たちの自然に対する情熱や価値観、課題意識に共鳴できる人との出会いを求めています。自然や野菜が中心にあり、人間がそれらを囲むような余白を残した空間にしていて、余白があるからこそお店をのぞいてくださる地元の方々との交流があったり、面白い人やモノが集まってくるように感じています。自然界では風に乗って種が飛んできて、そこで育つ。まさにそんなイメージで、何もない場所にどんどんいろいろな種が蒔かれ、ここで仲間が増えたり、新しいアイデアが生まれていくといいなと思います。


― 具体的にどのような野菜を取り扱っているのでしょうか。


荒井さん(以下敬称略) じゃがいも、大根、かぶ、小松菜、水菜、春菊などさまざまです。トレンド関係なく、自分たちが面白いと思ったことは何でもやりたいので、野菜の栽培以外のことにもどんどん挑戦していきたいと思っています。


〈写真左〉キクイモは低GI食品としても注目されている野菜。〈右〉淡路島の海で収穫した天然ひじきを煮て、天日乾燥させたもの。


キクイモはそのままだと保存期限は冷蔵で約2週間ですが、この美味しさを長く楽しめるように、ドライチップスにして販売しました。添加物は一切使用しておらず、本当に自然そのままの味。キロ単位で購入してくださったお客様もいました。

昨年の冬にはひじき漁に初挑戦。漁が行えるのは、12〜3月の新月と満月の潮が引く数日間だけ。深夜に海に出て、一つひとつ手作業で刈り取ったミネラルや、鉄分が豊富でエネルギッシュなひじきです。
日本では95%以上が韓国や中国で養殖されたひじきが出回っていて、日本人でも国産の天然ひじきを食べたことがある方は少ないかもしれません。海辺の岩場で腰をかがめ1本1本刈り取り、水を含んだ重いひじきを運び、茹で上げるのは大変な重労働。過酷さも相まって漁師さんも年々減少しています。でも食感や味が全然違うし、磯の香りも一般的なひじきとは大違い。自然と真面目に向き合うと、いつも新しい発見が得られたり、深い感動を覚えます。

本間 この場が何屋さんなのかも明確にしていないんです。野菜は自分たちが育んだものと、価値観に共感した他の農家さんから仕入れさせていただいた野菜を販売しています。
また食以外に、パリ発のヴィーガンフットウエアブランド「ヴィロン(VIRÓN)」のような、農家という自然に一番近い人間から見て面白いと思える、自然から派生したファッションアイテム、CBDブランド、キャンドルなどの雑貨を扱っています。自然を生かして遊んでできたものを“共遊物”と言い表し、そんな人やモノを共有している感覚ですね。

イケベジでは、“農”の活動を拡大していくために、自分たちが気持ちいい形で利益の最大化を考えています。食以外の高単価商品を扱うことは、そのためのビジネスモデルでもあります。実は僕自身、農業を仕事にするとは思っていませんでした。兼業で農家を営む両親からも「百姓はお金にならない」と言われていたし、今も農業者として両親の意見をよく理解できます。

商業的な目的であれば、野菜を大量生産しなくてはいけない。効率を重視すれば農薬や、化学肥料などを使う必要が出てくるかもしれない。それよりも、自然栽培で自分たちがお世話できる範囲で農業に取り組める方法を模索したいという思いのもと、関わる人全員の暮らしのために、農に取り組むことを目指しています。仕入れさせていただいた野菜はきちんと生産者の皆さんが潤う価格を設定しています。


自然の速度を知り、素の自分を知る

〈左〉本間涼さん、〈右〉荒井瑠伽さん

大学入学を機に、それぞれ佐渡島から上京したお二人。都心での生活を経て、今改めて自然に触れる毎日を過ごし、どんな瞬間に幸せを感じているのでしょうか。


荒井 収穫した野菜をその場で食べるとき。成長過程で間引く小さな野菜も、根っこや葉ごと食べられます。農作業で汗を流した後にいただく新鮮な野菜の味は格別です!

 

本間 都心で働いているときと比べて、同じ8時間働いたとしても体のいきいき度がまったく違いますね。自然にあふれた環境で、一生懸命働くのはすごく気持ちがいいです。その体験はお金には変えられないなと思います。佐渡島にある僕たちの畑は高台にあり、景色や雰囲気が素晴らしくて。そこでの休憩も至福のひとときですね。


自然と対話し、試行錯誤を繰り返しながら自然栽培を行うイケベジ。立ち上げから約2年の若手農家が考えるこれからの課題とは―—。


荒井 僕は東京でのサラリーマン生活で、自然から離れていることをすごく感じました。最近では、野菜がどうやって育っているのかをそもそも知らない人も増えています。イケベジで企画している農業体験ができるリトリートをはじめ、より多くの人が自然に触れる機会を増やし、そしてその体験を通して素の自分と向き合う経験を提供したいです。

 

本間 自然に触れると、本来の自然の速度が想像以上に遅いことに気づかされます。人参が育つのに4ヵ月かかるんです。僕たちが大切にしている「無理に何者かになろうとせず、ありのままの自分でその人生を謳歌する」ということを、都会のスピード感に惑わされることなく、自然本来の速度のなかで身を持って感じられるのではないかと思います。速度という側面以外からも、にんじんはにんじんらしく生きる姿から、誰かが期待している何者かになる必要はないんだなとも思います。
畑で起きていることを参考に、イケベジに携わってくださる皆さんが、焦らず「自分はこれでいいんだな」と、一人ひとりがより個性を発揮できる機会を作りたいと思っています。

 

「The Gallery IKEVEGE」や青山のファーマーズマーケットへの出店、農業体験ができるリトリートなどの活動を通じて提案するのは、自然とともにある暮らし。そこには、「自分も体験してみたい!」と心を動かされる、“カッコよさ”がありました。


本間 イケベジは目標設定をせず、今ここを面白いと思ってくれる人たちとその場を作っていきます。老若男女、1人でも多くの人に農を知ってほしいし、楽しいことをしていきたいと思っています。知らないって強みだと思うんですよね。農業への先入観や固定概念もない状態で、僕たちと一緒に体験していただくことで、農業がカッコいいと感じてもらえるんじゃないかと思うんです。

農業がカッコいい、イケてると感じてもらえれば、将来の選択肢の1つになると思っています。若い世代や未来をつくる子供たちに知ってほしいという想いから、青山のファーマーズマーケットの出店は、今後一般社団法人化して大学生に任せようと考えています。僕たちが理事として、大学生を中心に活動し、販売は彼らに託します。大学でも、食品ロス問題解決に向けて動いていたり、大学の屋上で養蜂を営んでいて、イケベジでの活動もその一環として学びながら楽しんでほしいです。また畑や田んぼも地元の高校生に関わってもらい、都会からの参加者の方々と一緒にリトリートにも参加していただいています。

 

荒井 おじいちゃん、おばあちゃんの経験則に裏づけされた知恵には、見聞きするたびに驚かされます。稲刈りなら1年に1回、10年やっても10回しか体験できないですよね。70年、80年と農家を営まれている方々は本当に貴重だと思いますし、その方々が現役のうちに僕たちが次世代へのパイプづくりをしないといけません。時代に合わせてクリエイティブしていきながら、伝統や文化を受け継いでいきたいです。

農をベースに、みんなで楽しんだ結果、地域や社会の課題解決の糸口が見つかるといいなと思います。自分が今の生活を始めてから、自分の存在意義や生きがいが明確になったんです。今後、そういう気づきを提供できるような活動がしたいです。すべての行動が必ずどこかでつながると思うので、畑にこだわらず、山や海、自然とより深く関わっていきたいですね。


The Gallery IKEVEGE


植物を育てることだけにとどまらず、分け隔てなく幅広い分野に挑戦できる風土が叶える新たな農業のかたち。暮らしに“余白”があると、ゆったりとした気持ちで、クリエイティブな発想が生み出されます。忙しい日々の生活からほんの少し離れて、“自分に帰る”時間を大切にしてみませんか。


The Gallery IKEVEGE
東京都世田谷区駒沢5丁目 17-13-A

イケベジ
https://ikevege.com/


>>【前編】自然に学び自然に委ねる。肩肘張らない豊かな農業


PHOTO = 阿萬泰明(ピースモンキー)
TEXT = Humming編集部

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