おばあちゃんになってもクローゼットに残る服を作り続けたい【ミュベール デザイナー中山路子のIt’s My Story】
仕事もプライベートも、自分らしく充実させるための方法は? 各フィールドで活躍する注目のひとにフォーカスするシリーズ連載vol.3は、「ミュベール」のデザイナー 中山路子さん。花や動物、カラフルな刺繍など乙女心をくすぐるデザインが女性たちを惹きつけるミュベールの服や小物たち。毎シーズンアップデートを続ける中山さんが大事にしているものとは?
懐かしい過去の記憶が寄り添うような、独自の世界観を創り続けて
2007年に立ち上げ、来年15年周年を迎えるミュベール。フランス語のミュゲ(すずらん)と英語のヴェールを組み合わせたブランド名には“幸せを願う”という意味が込められています。
「“はじめまして”という洋服ではなく、どこか懐かしい過去の記憶が寄り添うような世界観を大切に、ブランドをスタートしました」という中山さん。幼いころの、無条件に感じるワクワク感や高揚感、理由なく心がふわっと上がっていく感覚を大事にされ、服作りをされているそう。
手の温もりを感じる刺繍や、ブランド名由来のすずらんを筆頭とした花々、動物のモチーフなど見ているだけで心を浮き立つデザインは、ブランドのアイコニックなディテールになり、女性たちの心を惹きつけています。
クラシカルで気品があり、クローゼットの定番になるアイテムが揃う。(2022 CRUISE COLLECTIONより)
気に入ったものを大切に着続ける。忘れてはいけない日本の心
展開中の最新コレクション(2022年クルーズ)には、とある日本の女性作家に想いを寄せたレトロでエレガントなアイテムがラインナップ。脚本家、小説家、エッセイストといったさまざまな顔を持ち、おしゃれで、食通で旅好き、まじめだけど茶目っ気がある。そんな彼女が紡ぐ言葉に、懐かしさと普遍性を持ち合わせた忘れてはいけない日本の情景と心を感じ、とても惹かれたという中山さん。
「インスピレーション源は、普段考えていることや思っていることにシンクロするようなひとやものを掘り下げていって得ることが多いです。今回は彼女の生き様や哲学にも共感しましたが、洋服を自分で作り、すごく気に入ったものを大切に着続けていたという一面を知って。そんな、当たり前だけど忘れてしまっている大切なことについて、改めて気づかされましたね」
一枚の服を長く着続ける、というサステナブルな精神。それはブランドが大切にしていることでもあり、中山さん自身、幼いころの記憶と重なる部分が多かったそう。
「決しておしゃれな家庭というわけではなかったですが、母が家族の洋服を作ってくれ大切にケアしながら着ていました。私が子供のときに作ってくれた刺繍のバッグはいまだに手元にありますし、父も編んでもらったカーディガンを長く着ていたり。既製服を作っている立場ではあるけれど、一つの気に入ったものを育てながら長くお付き合いできることって大切ですよね」
コロナ禍で手放したことで気づいたこと、ミュベールが改めて大切にすることは?
服を長く大切にする。そんなマインドは、私たち消費者もコロナ禍を経てより意識するようになったことかもしれません。一方、中山さんにとってコロナ禍は、ブランドにとっての試練となった大きな出来事だったそう。
東京・南青山の旗艦店「ギャラリー ミュベール」を、いつ終息するかわからないコロナ禍での状況や建物の構造上の問題などで、一旦手放すこととなったり、ブランドをミュベールに集中していくと決定したことなど、スタッフ含めみんなで一緒に作り上げてきた思いがあったので「つらかった」と振り返ります。ただ手放して気づいたことも多くあったそう。
「表参道にショップを持っていたこともそうですが、ファッションの真ん中にいなきゃ、という意識がどこかにあって肩肘張っていたような気がするのです。でも今はトレンドはより意識しなくなり、胸に引っかかってもらって大切にしてもらえる存在、“洋品”のなかで頑張れたら、と思っています」
特にスタッフとよく言いあっている“合言葉”があるそう。
「 “おばあちゃんになっても着られるかな?”という視点です。おばあちゃんになってもクローゼットに残る服、長く愛してマイヴィンテージにしていってほしいという思いをミュベールでは大切にしていきたいです」
具体的にはサンプル作りの過程で、ニットや刺繍、ビーズワークなど手仕事を要するディテールが増え、自分たちでミシンを踏んで手を動かす時間がこの2年間で圧倒的に増えたそう。
「制作のスタッフが4名いるのですが、ミシンが空いているときがない状況に。手仕事という人の気配がするディテールは、それが工場にわたり商品になったとき、気持ちの波動が残っていくものだと思っていて。原点に返って心を動かす温もりのあるものを発信していきたいな、と思っています」
ブランド15周年となる2022年は、祭りごとはせずに一日一日を大切にしたい、と語る中山さん。春に展開するコレクションからは、3月8日の国際女性デーにちなんだミモザモチーフがキュートなアイテムにも注目です。
「可愛いアイテムを通して社会問題をさりげなく伝える、“ちょっと係”も続けていきたいです」
さらに創業時から展開している、年齢を重ねることへのポジティブなメッセージが込められたお守りのような存在“グランマチャーム”も、もちろん健在。町の素敵なおばあちゃんを紹介したり、みんなで集まったり、いつかコミュニティを作りたいという展望もあるそう。
心に響くクラフトワーク、そしておばあちゃんになってもクローゼットに残る服。中山さんはブランド設立当初から目指していること、大切なことを再認識し、真摯に心を込めて服作りに向き合っています。コツコツと真面目に、大切に未来を見据えながらアップデートを続けるミュベールから、今後も目が離せません。
Profile
中山路子(なかやまみちこ)
デザイナー。東京都出身、服飾学校を卒業後、アパレルメーカーに勤務。2002年「モスライト」の設立に参画し、 2007年に解散。 2007-2008年秋冬より「ミュベール」をスタート。懐かしさを感じる刺繍や動植物のプリントなど、乙女心をくすぐる独自のデザインが人気に。2017年6月、新ブランド「M」を発表し、神田明神内にあるビルの一室にギャラリー兼ショップをオープン。2021年よりスタートした浴衣やファミリアと協業したキッズアイテムほか、スターウォーズやピーターラビットなどのコラボレーションも話題に。
PHOTO = 松木宏祐