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日々の生活の積み重ねを大事に。直感に従って流れ着いた料理の道【料理家 麻生要一郎さんのIt’s My Story】

梅酢風味の唐揚げや切り干し大根など、丁寧に作られた温かい家庭料理のようなお弁当が評判を呼び、料理家として注目される麻生要一郎さん。「日々の生活の積み重ねが大事」と語り、インスタグラムに毎日載せるパートナーとの食卓の様子や人柄が伝わる文章に癒されるファンも続出中。料理へ流れ着いた異色の経歴や、心でつながるコミュニティ、豊かな暮らしを送るために日々大切にされていることに迫ります。

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心が温かくなる評判のお弁当。その惹きつけられる魅力とは?

“要一郎さんの唐揚げ”の美味しさは、テレビ東京の赤ちゃん向け番組「シナぷしゅ」で放映された坂本美雨さんの歌『タベタイ』のなかに、軽快なリズムとともに唐突にでてくるワンフレーズでも証明済み。食を通してワクワクする、生きる喜びを感じさせてくれる歌を作った彼女もまた、麻生さんのお弁当のファンであり、親交を重ね、麻生さんを“心の母”と慕っているのだとか。

なぜそんなにも彼のお弁当は、人々を惹きつけるのか。ご本人に理由を聞いてみると「一品一品美味しくしようと思うとトゥーマッチになるから、全部食べたときにちょうどいいかな、というバランスを考えて味付けをしてますね。料理家を志してなったわけではないので、日々これでいいのかな?という思いはあるんだけど、評価するのは結局食べる人なので、食べる人が喜んでくれればいいかな、って」と笑います。

そんな肩肘張らない柔らかくラフな雰囲気も魅力の麻生さん。お弁当を始めたのも、ふと友人に“今度撮影があるからお弁当作って持ってきてくれない?”と言われて持っていったことがきっかけ。その現場で食べてくれた人からまた別の日に頼まれ・・・とクチコミでどんどん広がっていったそう。「だから屋号もなく、突然お弁当作りが仕事になったんです」と振り返ります。


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ある料理家の方から「まるでお吸い物を食べているような、水分保有量No.1」との感想をいただいたそうで、じんわり心にしみる味わいが人気。最初に卵焼きから入れおかずを詰めて、最後にごはんでギュギュッと調整するのが麻生流の詰め方。

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誰かのために作った料理のルーツ。新島での経験が、人生のターニングポイントに

そもそも麻生さんが仕事として料理に向き合うことになったのは、東京の新島で宿を始めたことが始まり。茨城県に生まれ、建設会社の跡継ぎとして育った麻生さんは、学生時代にお父さまが亡くなったことから家業を継ぐことに。なかなか性に合わず家を離れることを決め、心の葛藤を抱えていたときに出会ったのが、R不動産を運営するスピーク代表の林厚見さん。

「新島という島に恋してしまったから、一緒に宿をやらない?と誘われたんです。ついで、ではなくわざわざ訪れる島だからこそ自分が必要とされる何かを試せる、と魅力を感じて、気が付いたら引き受けてましたね」

その後二人は、もともと民宿だった場所をリノベーションし、「カフェ+宿saro」をスタート。やがて麻生さんが作る料理が評判となり、毎年なかなか予約が取れないほど人気に。

「お金をもらって料理を作るのは初めての経験で、いろいろ試行錯誤したんですが、結局、家庭料理が評判よくなじんで。毎日20人ほどのゲストとスタッフのご飯を作って大変だったけど楽しかったですね」

夏の間だけオープンする宿での濃密な時間は人生の忘れられない1ページに。「もともと、人といるのが好きなタイプではなく、たくさんの人に囲まれて暮らすっていうのは人生初。自分も成長した部分があるし、得たものもたくさん」と語ります。愛猫チョビと出会ったのもこの新島で、家族のようなコミュニティを築いた宿も7年ほど続いたところで、建物の関係で休止することに。

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母との別れ。そして上京し、大きく人生が動くことに

宿を休止したタイミングで、発覚したのが茨城にいるお母さまの病気。急いで実家に戻り、看病そして最期を看取ることに。

「お互い一緒に戦った同志のような関係だったので、一番きつかった時期ですが、今振り返ると母の最期の精神力はすごいな、と改めて感心します。そこから一人になり愛猫チョビを連れ、知り合いの多い東京での生活をスタートさせたんです」

人生の第3章のような始まりは、また思わぬ展開が。千駄ヶ谷のアパートに導かれて出会ったのがそこの大家さん姉妹。「愛猫のチョビのことを気に入ってくれ、何となく流れで姉妹の養子になることに」とまるで決まっていたかのような自然の流れで、麻生さんにとっての居場所が出来上がっていきます。やがてパートナーとの生活も始まり、心でつながる不思議なコミュニティができていったのだそうです。

「家を離れて新島で宿を始める」「東京に行って自分の居場所を見つける」「養子になる」何度も人生が動くターニングポイントで大きな決断をしている麻生さん。

「実は迷いなく一瞬で決めたんです。直観を信じて考えすぎないことが大事かな、と思います。その代わり、嫌だな、っていう自分の感覚を逃さないで、違うことをしないってことも心掛けてますね」

違和感を感じることはそーっと遠ざけ、自分の心に素直に直観的にうまく流れにのることは、自分らしく生きる人生の極意かもしれません。


お弁当がつないだ縁で生まれたのが、日常の食卓を切りとったレシピとエッセイをつづった著書『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(左)。好評につき、今年2月には自分に施す、人をもてなす麻生さん流の癒しのレシピをまとめた2冊目の著書『僕のいたわり飯』(右)が発売。


友人たちがこぞって集まってくるという、麻生さん家の晩餐。新著『僕のいたわり飯』のレシピのように、“麻生さんの創る料理”は、疲れを癒すようないたわりの味が魅力なのかもしれません。

「グラタンとお刺身が一緒に並んでいたり、あまり細かいことは気にしない、頑張らない感じがいいみたいで。みんなで食卓を囲む時間が楽しいんですよね」と語る麻生さんは、いずれもう少し歳をとったらいつかはまたお店や宿をやってみたいという思いもあるそう。それはきっと、普段ご飯を食べにくる友人たちがそうであるように、まるで実家にいるような心地よい空間で、疲れを癒すユートピアみたいな場所が思い浮かんできます。

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profile
麻生要一郎(あそうよういちろう)
料理家。家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについてのエッセイなどの執筆を経て、初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を発行。2022年1月に発売した第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も好評。
Instagram @yoichiro_aso


TEXT = 菅原絢子
PHOTO = 角田明子

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