仕事や家庭での大変さ、友人、親との関係悪化、さらにはコロナ禍に戦争・・・自分も大変なのに、世の中もネガティブなニュースがあふれ、心が疲れている人が増えています。こんな息苦しい時代に、心と体のバランスを取りながらウェルビーイングに生きていくには? 予防精神医学者 島田恭子さんに、私たちのココロを取り巻く問題、その対処法について取材。前編の「人間関係の軋轢を減らすためにできること」に続き、後編は「自分で心を楽にするセルフケア」についてお届けします。
Contents
お金も時間もかけない。セルフケアでメンタル未病のうちに自分メンテナンスを!
予防精神医学者として、「ココロバランス研究所」を立ち上げ、講演研修やワークショップ、カウンセリングなどを精力的に行う島田さん。物質的に豊かかどうかに関係なく、何だかココロが満たされず、モヤモヤしている・・・。そんな方々に「ココロが楽に軽くなる、晴れやかになる」ヒントを伝え続けています。
島田さん曰く、心の病はいったん発症すると、回復に膨大な時間とお金、労力がかかる場合が多いとのこと。だからこそ「なんだかちょっと元気がないなー」くらいの、症状が軽い(=未病)うちにケアする。そのために自分の状態を気にかけ、自分を知り、自分を整える、“自分メンテナンス”が何より大切なのだそう。
ー 日本では、自分の悩みを人に話したり、周りにヘルプを求めるなど、弱さを他人に見せることを良しとしない風潮がありますよね。
「昨今は学校や企業でも心の専門家がいて、以前より気軽に悩みを相談できる環境が整いつつあります。でも実際には、よっぽどでないと、専門家に話してみよう・・・、とならないのではないでしょうか?
だからこそ、自分の力である程度、ココロを楽にするコツを知っていれば、モヤモヤ、違和感を感じた段階で、ある程度自分でメンテナンスできます。ぜひ、自分に合った“ココロを楽にする考え方やコツ”を知っておくといいかもしれませんよ」
島田さんがHumming読者に教えてくださった具体的なセルフケアに役立つ考え方やコツをまとめました。「これは私に役立つかも!と思うものがあれば、頭のすみっこに置いておいて、折に触れて思い出していただければ」と島田さん。手帳やスマホにメモしておくのもいいかもしれませんね。
ココロを楽に、軽くする・・・。5つの考え方
1:「こうあるべき」から、自分を解き放つ
科学的なデータでも示されていますが、日本人は遺伝子的に真面目で完璧思考の方が多いようです。しかも文化的にも同調圧力があって、“自分がどうしたいか”ではなく、“こうあるべき”とか“こうするべき”といった、“べき思考”に縛られている方が多いですよね。
もちろん、真面目や完璧主義は、大きな利点でもあります。人との信頼関係や繊細な仕事、リスクへの備え、といった意味では、大変重要な特性です。ただ完璧主義からくる“べき思考”に縛られすぎると、自分が苦しいのです・・・。自身で自分の首を絞めすぎると、メンタルを壊すことにつながりかねません。
「私はわりとマジメな性格だわ」と思う方で“べき思考”が強めだと感じる場合は、少しだけ“こうあるべき”から自分を解き放ってみましょう。おすすめは、“〇〇すべき”を“〇〇したい”に変えることです。べき思考で過ごしていると、自分の“〇〇したい”をスルーしてしまいがち。少しずつ、自分の“〇〇したい”を探して、“べき”より“したい”を優先してあげると、ココロはぐっと楽に、軽くなるでしょう。
2:自分を知る
「え? 自分を知る、なんて・・・! 自分のことは自分がよく知っているわ」と思われるでしょうか。実はそうでもないのです。私が受け持っている大学の授業は、キャリアやメンタルへルス、心理学、行動科学などさまざまなのですが、どんな講義でもどこかで必ず、自分の性格特性を見える化する時間を取ります。
そうすると学生さんの多くが、知らなかった自分の一面や新たな気付きを得るようです。相田みつをさんの「一番わかっているようで一番わからぬこの自分」という有名な言葉もありますよね。産まれてから死ぬまで行動を共にする“自分”というものを知る、いわば“自分学”。実はとても大事だけれど、これまであまり注目されていないのではないでしょうか。先ほどの“〇〇したい”もそうですが、“自分を大切にする”ことが、ココロを軽くします。自分を大切にするためにはまず、 “自分を知る”ことが大事です。ただ漠然とではなく、客観的な指標や方法を使って自分の性格や行動特性を知ることで、予期せぬハプニングや悩みに直面したときも客観的かつ冷静に物事を捉えることができます。自分の特性を知ったうえで“〇〇したい”に気付き、自分を大切にすることができます。
これまでの自己分析研究の積み重ねによると、おおむね人の性格特性は、次の5つの要素で表すことができるそうです。
「誠実性・勤勉性」「節度・協調性」「情緒安定性」「知的好奇心・解放性」「外交性」がその5つ。「Big5」という有名な概念で、私も授業や相談業務で使っているものの1つです。まずこのようなツールで自分を知ることが、第一歩かなと思います。
最近は書籍やインターネットで、この診断テストを受けて、自分を分析してもらえるものがあるようですので、機会があれば一度トライしてみるといいかもしれません。
3: 体にアプローチする
頭痛や生活習慣病から脳血管疾患まで。さまざまな病気は実はストレスと密接な関係があることをご存じでしたか? ストレスによって多くの身体疾患のリスクが高まります。つまり、ココロと体は密接につながっているということ。ということは、ココロを楽にするために、 “体”のほうからアプローチするのも非常に有効なのです。確かに、「ネガティブな気持ちをポジティブに変えよう!」といわれるとなかなか難しいけれど、凝り固まった体を運動でほぐして楽にする方が、「できるかも!」と思いませんか?
例えばヨガやストレッチ、ピラティス、水泳、散歩・・・。何でも構いません。自分の心地よいやり方で、凝り固まった体をほぐすと、少しずつココロもほぐれ楽になってきます。マインドフルネス(瞑想)や簡単なマッサージもおすすめです。ぜひ、ご無理のない範囲でトライしてみてください。
4:人の役に立つこと
大金を手にしたり、美味しいものを食べ、高級なホテルに泊まる・・・。とても幸せそうなことですが、この物質的な豊かさや、「地位材」といわれる、“他人と比べて満足が得られる”幸せは、短期的で持続しづらいことが知られています。
一方で、“自分の価値観に沿っている”ことや、“人の役に立っている”と感じられることなどは、幸せ感が続く要因となることが科学的に示されています。
例えば、地域の子供の安全を守るべく、歩道の旗振りをしているシニアの方々。寒い日も暑い日も朝夕大変だな~と思いきや、とても楽しそうで、素敵な笑顔の方が多いです。子供や親御さんから「ありがとうございます!」と感謝されることで、生き生きとし、ご本人も「幸せだ」とおっしゃるもの。
同じように私たちにもできることが必ずあります。席を譲る、エレベーターの開閉ボタンを押しておく、困っている方に声をかけるなど、小さなことでいいのです。何か人の役に立つことを重ねることで、相手から感謝や笑顔を向けられ、それが自分のココロを温かくする。そんな好循環が少しずつ広がっていくのです。まさに「情けは人のためならず」、情けは自分のため、ですね。
5:“今”にフォーカスする
往々にして私たちは、過ぎたことを悔やむかと思えば、まだ起こらない未来のことばかり心配しがちです。「あーあ、今思うと、元カレのほうが良かったかも」とか、「明日大地震が起こったらどうしよう」とか。もちろん、未来に備えて行動する(避難用具をそろえるとか)ことは大切ですが、心配だけして心重くふさぎ込んでしまったら、あまり意味がありません。ココロを楽にするのに重要なのは、“今”にフォーカスすること。過去や未来のことを思い煩うより、とりあえず何か行動すること。仕事や趣味に没頭し、充実した時間を送っている方は、うつ病になりづらいこともわかっています。
蛇足ですが、私たちは脳科学的に、現在より失った過去のほうを美化する傾向があることも覚えておいていただきたいです。今の彼より元カレが素敵に思えるのは、脳に騙されているかもしれないということです(笑)。とにかく”今にフォーカスして、小さくても何か行動すること”。ぜひ行ってみてください。
必要なときは専門家の力を借りて。もっと気軽にカウンセリングを活用
ココロが軽くなる考え方を実践しても、モヤモヤが解消されない、もっと楽に生きるコツを知りたい、自己分析したい!というときは専門家に頼るのも手。とはいえ、日本ではそんな機会が少ないのも事実です。
ー カウンセリングをどのように解釈すれば、利用する気持ちになれるでしょうか?
「先日海外ドラマで、企業の中枢にいるセラピストが、経営陣のメンタルや重要な決定に関わっているのを観ました。確かに欧米では、かかりつけのカウンセラーに、心のメンテナンスや夫婦関係をサポートしてもらっている方も少なくありません。誰かに相談することはとても大切です。それがメンタルへルスの知識を持っているプロであれば、より役立つアドバイスをもらえる可能性があります。病気だから、弱い自分だから、ではなく、“より楽に、よりよい人生を送る=ウェルビーイングに生きる”ために、アドバイスをもらうと考えていただけたらうれしいです。
最近はオンラインのカウンセリングも増えています。オンラインならば、ドキドキしながら初めての病院の扉を叩く労力も不要なので、対面よりもずっと敷居は低くなると思います」
島田さんが提案するセルフケア+カウンセリングを普段の生活に上手に取り入れることができたら、今悩みを抱えている方も、きっとウェルビーイングな生活に近づけるはず。新年度を迎えて一ヵ月、疲れが出ている方も多いでしょう。皆さんが過去を憂うことなく、未来を不安がらず、“今”を生きられるよう、心から願っています。
ライター:プロフィール
精神保健学者。コンサル会社での人材育成を通して、心の健康の重要性を感じ、東京大学大学院にて予防医学とメンタルヘルスを学ぶ(保健学博士)。
「人が、心豊かでその人らしく、健やかな人生を送れるように後押しすること」がライフワーク。
一般社団法人ココロバランス研究所代表。