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「自分軸で生きれば、ココロは疲れにくい」予防精神医学者 島田恭子さんに聞く、ウェルビーイングに生きるコツ〈前編〉

仕事が大変、家庭との両立、友人や親との関係悪化、さらにはコロナ禍に戦争・・・プライベートも大変なのに、世の中にネガティブな出来事やニュースも多く、心が疲れている人が増えています。こんな大変な時代に、心と体のバランスを取りながらウェルビーイングに生きていくには? 予防精神医学者 島田恭子さんに、私たちのココロを取り巻く問題、その対処法について取材。前編の今回は「人間関係の軋轢を減らすためにできること」を伺いました。


“周りがどう思うか”よりも“自分はどうしたいか”を意識する。ココロの声を聞いて

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大学院で予防医学とメンタルヘルスを学び、現在は学術研究に社会実装活動、カウンセリングなどを行う島田恭子さん。一般社団法人「ココロバランス研究所」を立ち上げ、講演研修やワークショップなどの活動にも精力的に取り組んでいます。

現代を生きる私たちにはさまざまなプレッシャーがあり、悩みがゼロという状態で暮らすのはなかなか難しい環境です。特に働く女性たちは、職場や家庭、それ以外にもいくつもの役割を演じ分ける必要があり、ストレスを溜め込みがち。

そんなココロが疲れる大きな要因に「対人関係」があります。特に一日の大半を過ごす職場での人間関係で“軋轢”がある場合、ストレス度合いはとても大きくなるもの・・・。

— 人間関係を円滑にするには、どんなことに留意すればいいのでしょうか?

「まず、仕事とプライベート関係なく、人間関係でむやみに悩まないためには『自分軸』を持つことが大事です。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、SNSで『いいね!』をもらうことや、“他者評価”を気にするよりも、自分は何をしたいのか、どんな人生を送りたいのか、どんな人と付き合いたいのかー-自分のココロの声を聞くことに意識を向ける方が、結果的に相手との関係性に心を煩わされず、円滑な対人関係が紡げます。

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Illustration by Mizue Someya @kokorobalance.lab

そもそも、日本人は波風を立てたくない、同調しておいたほうが安全という意識が働きがちなため、親(特に母親)、学校、恋人、パートナー、友達、さらにはメディアの価値観に流されてしまい、無難な方向に自分を抑え込んでしまったり、周りより自分を後回しにしがち。長い間そうして過ごしていくと、いつしか自分の価値観を見失ってしまうことすらあります。

でも、自分の本当の思いは、必ず心の奥底に残っているから、それに従うことができず苦しいのです。私たちは自分の価値観に従って生きたほうが断然ハッピーなんですから。人生は一度きり。 自分が主役の人生を送らないなんてもったいない。自分の価値観に従ってウェルビーイングに生きていれば、心も安定し、人生の満足度も上がる。おのずと周りとの関係性もよくなってくるはずです」

ー とはいえ、会社という組織のなかに身を置いていると、ついつい職場の人間関係を優先してしまい、“自分”の気持ちを抑えてしまいますよね・・・。

「そうですよね、そんなときは『人間関係のマッピング』を意識するのがおすすめです。私のカウンセリングでも活用している人間関係の位置付け図です。

理想は中心に自分がいて、その周り=1層には家族や恋人、親友。2層には友達、一番外の3層には職場の人やママ友、近所の人など。基本的には、利害関係が生じる職場の方々は、3層目です(職場で出会った人が親友や家族になる場合は例外)。職場にいる時間は長く、関わりも深いため、つい近い存在のように思えてしまいますが、どんなに長時間一緒にいても、良好な関係を築いていても、どこかに見えない線をひく=ある程度の心理的距離を意識するとよいでしょう。

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Illustration by Mizue Someya @kokorobalance.lab

ココロが疲弊しがちな人はまじめで親切な方が多く、職場の人に対しても親身になりすぎたり、周囲の言動を深刻に受け取りすぎているかもしれません。『人間関係のマッピング』を意識しておけば、たとえ職場で理不尽な言動をとられても『この人は私にとってそこまで重要な人ではない』と、いい意味で割り切ることができ、傷つきすぎない。結果、自分を守ることができるわけです」


自分の思いを伝えるときは「Iメッセージ」と「3つのき」

オンオフを問わず、どんなシーンでも相手に自分の思いを伝えたいとき。何とか主張を通そうと、つい感情的になったり、喧嘩腰になってしまいがち・・・という人は多いかもしれません。でもそれでは、なかなか主張は通らないことが多いでしょう。

ー 相手の気分を害さず、自分の思いをきちんと伝えるコツはありますか?

「人間関係の軋轢が生まれる原因に『役割期待のずれ』があります。科学的効果が示された精神療法である対人関係療法の考え方からきているのですが、『役割期待のずれ』とは、『自分が相手に望む期待値と、相手が妥当だと思っている期待値のずれ』のことです。

例えば、私が長男に思う『高校生ならこのくらい勉強するだろう』という期待値と、彼が『僕はこのくらい勉強すれば十分だろう』と思うレベルにずれがある場合ですね。これはお互いが少しずつ歩み寄らない限り、その差は埋まらない。『どうして勉強しないの~~(怒)』『はぁ、ちゃんとしてるし。知らないくせに言うなよ(怒)』みたいな。対人関係のギスギスは、大体この役割期待のずれが、うまくすり合わせられなかったときに起こります。

どんな関係性であっても、期待値のずれは起こり得ることで、それをいかに“落ち着いて、平和的に”すり合わせていくかが重要になってきます。

つまり、役割期待のずれが問題なのではなく、その違いを丁寧に埋めていく方法を知ればいいだけ。やり方がまずいとすぐに、人格の問題や性格の不一致、となってしまいます。先ほどの例でいうと、息子が『ほんとママって、うざい(=人格の問題)』といった感じです。でも実は単なるコミュニケーション不足や、伝え方の問題なのです。

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Illustration by Mizue Someya @kokorobalance.lab

ポイントは自分の意思を落ち着いて、丁寧に伝えること。

その際に有効なのが、私(I=アイ)を主語にする『Iメッセージ』です。さらにイラストにあるように、気持ち(きもち)、期待(きたい)、協調(きょうちょう)の頭文字『3つのき』を意識することで、相手から反感を買わずに自分の意思を伝えやすくなります。

例えば、職場の後輩に対して、『〇〇さんはどうしていつも期限を過ぎてから、“できません”と言うわけ!』と怒るのではなく、『私はいつも気にしているの(気持ち)。締め切りより前に〇〇さんが相談してくれたら(期待)、私は何か対処できたかもしれないと思うんだよね。〇〇さんは充分一人で頑張っていると思うよ(協調)。私もそれは感じている』と前置きをしたうえで、要望を伝えます。こうすることで、相手は一方的に責められ、命令されている印象を持たないため、冷静に受け取り、理解してくれるようになるのです。

これは職場だけでなく、家庭や恋人との間でも同じこと。例えば何かお願いごとをするときは、『これぐらいやってよ』ではなく、『これをしてもらえると、私はとてもうれしい。難しければこちらをやってくれるだけでも、ものすごく助かるよ』という言い方に。不毛な衝突を避けることができるはずです」


相手に“選択”させる隙を与えると、自分の意思も通しやすくなる

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さらに難易度が高いのが、立場的に意見しづらい上司や取引先に自分の意思や主張をどう伝えるか。相手に遠慮して、言いたいことが伝えられないということは避けたいものです。

ー 軋轢を生まず、目上の方へ意思を伝えるポイントはあるのでしょうか? 

「そんな場合は『客主提選』という進め方がおすすめです。これは心理学のアサーションというコミュニケーション技法の1つで、客観的事実 → 主観的事実 → 提案 → 選択の順番で物事を伝える方法(頭文字を取って客・主・提・選、英語でDESC法)です。

例えば、『確かに部長がおっしゃるとおりです(客観的事実)。でも、私は女性にはもう少し華やかな色合いが良いなと思いました(主観的事実)。そのため、この色のトーンを上げたら良いかと感じます(提案)。もし、これが難しい場合は、あちらの色みはいかがですか?(選択)』といった具合。

相手のことを受け入れつつ、自分の意思を伝え、さらには代替案を用意して、相手に選択させる隙を与える。一方的に自分の意思を押し付けないことで、相手は自分が非難されたと考えることもなく、冷静に耳を傾けることができ、結果的にあなたの主張を受け入れやすくなるのです。実は先ほど挙げた『3つのき』も、根本的には類似の考え方からきています。


こんなふうに人間関係をスムーズにするカードを複数枚持っていれば、このシーンではこのカード!と対応できるから便利です。華道や茶道を習うように、自分のクセを知って、人間関係の心理学やコミュニケーションのお作法を学ぶ=カードを持つことは、ウェルビーイング(自分らしくよりよく生きる)に大いに役立ちます。経済状況や職種などに関係なく、一人でも多くの方がそんなカードをたくさん持てるよう、そして、自分軸で人生を生きられるよう、お手伝いができたら本望です」


私たちはお互い支え合って生きている“社会的動物”だから、人との関わりは避けて通れないもの。でも、島田さんが教えてくださった“テクニック”を知っていれば、今までよりも随分とココロが軽くなりそうです。後編では、自分を守る、労わるセルフケアについての話を伺います。


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自分軸で主体的に前向きに、人生や職業生活を送るうえで参考にしてほしい書籍。〈左〉『わかる社会人基礎力 人生100年時代を生き抜く方法』島田恭子 編著/誠信書房、〈右〉『新版 ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力のある毎日を』島津明人 著/労働調査会


Profile
島田恭子(しまだきょうこ)
予防精神医学者、精神保健福祉士(PSW)、一般社団法人ココロバランス研究所代表理事。大学卒業後、外資系コンサルティング2社で人材育成業務に従事。その後大学院にて公衆衛生学、精神保健学を学ぶ。専門は予防医学とメンタルヘルス。現在は大学での研究教育に携わりながら、メンタルヘルス支援を通して豊かな生活と健康増進に寄与する様々な取り組みを行っている。近年は対人サービス業のハラスメント対策として組織活性化に力を入れ「日本カスタマーハラスメント対応協会」を組織化。プライベートでは3児の母親という顔も持つ。


PHOTO = 植一浩
TEXT = 濱田恵理

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