お行儀が良いこと、勉強ができることより
大切なこと【Editor’s Letter vol.01】
Hummingの編集長 永野舞麻がカリフォルニアから配信する「Editor’s Letter 」。日々の暮らしで見つけたこと、感じたこと、考えたことをシェアします。
東京から離れ、大自然の中へ
はじめましての自己紹介も兼ねて、今回は私がアメリカでの生活をスタートするまでの背景を綴らせてもらいます。
カリフォルニアに移住して、約6年が経ちました。
高校時代をヨーロッパで過ごした時間と、大学のときにアメリカの東海岸に住んでいた時間を足した年月より長くなりました。
それなりに長く海外で暮らしてきましたが、今までの経験のなかでアジア人としての差別を受けた記憶はあまりありません。夫の従姉妹家族が住んでいるからという単純な理由で選んだこの街も、プログレッシブで、リベラルで、私たちを両手を広げて受け入れてくれるとても住み心地の良いところでした。
夫は北カリフォルニアの出身。大学卒業後はテキサスに住んでいましたが、勤めていたNASAを思い切って辞め、私が当時住んでいた東京に引っ越してきてくれました。少しずつ日本語を学びながら、約6年間一緒に東京に住んでくれたのです。
初めのうちは東京の街の刺激や日本の文化を楽しんでいた彼でしたが、子供を二人授かり(今は三人います)、子供たちの将来を考えるうちに、大自然に囲まれた中で育てていきたいという想いが大きくなっていったようです。
私自身、東京育ちですが、幼少期から両親に自然の中へ連れて行ってもらい過ごした記憶が鮮明にあったので、子供たちにも体と心でできる限りの自然を感じながら育っていって欲しいという願いを持っていました。
そんな互いの想いがあって、比較的すんなりと、次女が生後三ヵ月になったころには移住することを決め、準備を始めました。
“新しい生活”の始まり
それから約一年後、グリーンカードを無事に受け取り、ついにお引越し。いよいよ希望にあふれた北カリフォルニアでの生活が始まったのです。
夫は早くも新しい仕事に就いて、シリコンバレーまで通う日々。彼にとって、それは新たなキャリアのスタートでしたので、私は応援したい気持ちいっぱいで毎朝送り出しました。
ところが、私たちが移住した冬はとんでもない雨、雨、雨の毎日ーー。ずっと乾季が続き、カラカラに乾き切っていた土地に降り注ぐ大量の雨水に木々や土が耐えきれず、あちらこちらで土砂崩れが起きたり、道路が陥没したり、倒れた木が電線を切断したり・・・。
引っ越した当時の自宅は、山の中にある家。まともに車を運転できなかった私は、スーパーマーケットに一人で買い出しにも行けず・・・。想像もしていなかった自然の脅威に触れ、小さな子供二人を抱えながら、電気の通っていない寒い家で凍えるような日々を耐えたことも。
春になり、山の中の家では、学校に行くにも、買い物に行くにも、公園に行くにも、何をするにも時間がかかるということで、街に近い家に引っ越すことになりました。
見つけたのは、レモンとオレンジの木があり、薔薇が咲き誇り、街の中でもとても日当たりが良くて暖かい、素晴らしい立地にある家でした。私が一番気に入ったのは、キッチンの窓からお庭が見渡せること。外で遊ぶのが大好きな子供たちに目を配りながらお料理を進められるという、理想的な間取りがキーポイントとなり、即座に決めました。
その子の人生はその子が主人公
移住当時4歳半になっていた長女は、モンテッソーリの学校に転入させていたのですが、大雨の影響で道路が遮断されてしまい、思うように通わせてあげることができませんでした。いろいろな学校を見学した結果、日本で通っていた学校と同じシュタイナー教育の学校を選び、9月から幼稚園に入園することに。学校から自宅までが10分程度だということも決め手になりました。でも次女は、そのままモンテッソーリの保育園に通い続けることに。
二人を違う学校に入れることによって、送り迎えをする私の運転時間は長くなるけれど、それぞれのペースにあった学校に通わせたかったのです。
長女の通い出したシュタイナー学校は、山の中に各学年の教室が一軒家のように独立して立っていて、その真ん中に開けた芝生のなだらかな丘が広がっています。幼稚園生から8年生までが通っていて、全体で生徒数200人弱のとても小さなアットホームな学校です。
幼稚園の校舎の隣にはアヒルとニワトリのいる広い畑があり、主に3年生が中心となって野菜を育てています。時折り、そこで採れる野菜やフルーツを使い、みんなでランチを作って食べたりも。春になるとアヒルやニワトリのヒナがかえり、お母さん鳥の後ろをよちよち歩き回っていて、その様子を親子で見に行ったり。ここでは、とても心が豊かになる時間を過ごしています。
シュタイナー教育には“自然のなかから叡智を学ぶ”という考え方があり、私たち夫婦はその部分にとても共感しました。
私たちが言葉で伝え教えるよりも、体と心で感じながら学ぶをことの偉大さを日々感じています。先生方の子供たちに対する言葉のかけ方も、“教える”というよりは“導く”という感じがします。基本にあるのは、その子の人生はその子が主人公だということ。先生や親はあくまでもサポート役、と役割がしっかりと分けられているのを意識させられます。
いつの日か子供たちはそれぞれ羽ばたいて独り立ちしていく。その日に想いを馳せつつ、どんな人間に育っていって欲しいのか、どんなふうに世の中と向き合って欲しいのかということに重きをおくようになりました。
今日明日のお行儀の良さや、成績や賢さよりも、人生をどのように謳歌していって欲しいのか、経験を積んでいって欲しいのか、親自身が視野を広く持ちながら子供たちを導いていくーー。子供たちの学校教育をとおして、私自身も大切な生き方を学んでいるのです。
自然と触れ合う暮らしのなかで、私自身が多くの影響を受けながら、自分の子育てを見直し、自分に磨きをかけ、試行錯誤しながら少しずつ少しずつ、母親として、妻として、一個人として、この異国の地で成長できていると実感しています。
これからこの場を通じて、子供たちと一緒に過ごす日々から感じたこと、子供の目を通じて見た世界の不思議、理不尽さ、疑問、率直な想い、矛盾、希望、私の願いなどをお伝えしていけたらと思っています。
編集長永野舞麻
Profile
永野舞麻(ながのまあさ)
Humming編集長、一般社団法人ハミングバード代表理事。カリフォルニア在住。高校時代、スイスに住んでいたときに自然の偉大さに触れ、地球環境保全について学び始める。アメリカの美術大学でテキスタイル科を専攻。今でも古い着物の生地などを使って、子育ての合間に作品を制作し続けている。