EMDRとは?トラウマ処理の仕組みと効果、セッションの流れをやさしく解説
近年、世界的に効果が認められている心理療法のひとつとしてEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)が注目されています。
EMDRは、薬を使わないアプローチとして、災害で負ったトラウマやストレス社会がもたらす心の不調を背景に、日本でも注目されるようになりました。
本記事では、EMDRの基本的な仕組み、トラウマ処理にどのように役立つのか、そして実際のセッションの流れまでをわかりやすく解説します。
トラウマや心の不調に悩む方が、EMDRという選択肢を知り、自分に合ったケアを考える参考にしていただければ幸いです。
Contents
EMDRとは何か?
EMDRとは「Eye Movement Desensitization and Reprocessing」の略で、日本語では「眼球運動による脱感作と再処理法」と呼ばれます。
アメリカの臨床心理学者フランシーン・シャピロ博士によって1980年代に開発され、以来、世界各国でトラウマ治療に活用されてきました。
一般的なカウンセリングや認知行動療法が「言葉」を中心に心の問題を整理していくのに対し、EMDRは眼球の左右運動などを用いて脳の働きにアプローチします。
世界保健機関(WHO)や米国退役軍人局をはじめ、多くの国際的な医療機関がPTSDの有効な治療法としてEMDRを推奨しており、近年は日本の心理臨床現場でも導入が進んでいます。
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EMDRはなぜトラウマ処理に効果があるのか?
EMDRが注目される理由のひとつは、脳の働きに直接アプローチする点にあります。
人は通常、レム睡眠中(浅い眠り)に、日常の出来事を整理して、記憶として定着していきます。
ところが、強いトラウマ体験の場合、この処理がうまくいかず、記憶が生々しい感情や身体感覚とともに「未処理のまま」脳に残ってしまうのです。
その結果、過去の出来事がフラッシュバックしたり、似た状況に過剰反応したり、不安や抑うつといった症状を引き起こすことがあります。
EMDRは、「両側交互刺激」と呼ばれる目を左右に動かしたり、手や膝を交互に軽くタッピングしたり、イヤホンで左右の耳に交互に音を流すことで、左右の脳を活性化させます。これにより、脳が持つ記憶を再処理しやすい状態を作り、問題となる記憶を処理できる記憶へ移行させやすくします。
わかりやすく言えば、トラウマによって頭の中で「止まってしまった映像」を、再び再生して編集できる状態に戻すイメージです。
近年の研究では、MRIや脳波(EEG)の計測によって、EMDRが脳内の神経ネットワークにポジティブな変化をもたらすことが示されており、科学的な裏付けも進んでいます。
EMDRセラピーの流れ(8つのステップ)
EMDRセラピーは、国際的に標準化された8つのステップに沿って進められるため、安全性と効果が確保されているのが特徴です。
ここでは、その流れをわかりやすく紹介します。
1. 病歴と現状の把握
セラピストがクライアントの生い立ちやこれまでの治療経験を丁寧に聞き取り、トラウマ体験や現在の悩みについて整理します。
2. 準備段階(安心できる場のイメージ)
セラピーを行う前に、相談者が心を落ち着けられる「安全/安心できる場所」をイメージする練習をします。あらかじめ練習しておくことで、相談者はセッション中に不安や緊張が高まっても、自分を落ち着けて安心した状態に戻すことができます。
3. ターゲット記憶の特定
処理すべきトラウマ記憶を特定し、その場面に伴う映像、否定的な思考、身体感覚、感情を明らかにします。
4. 評価
特定したトラウマ体験の記憶について、不快度(SUD尺度:主観的単位による不快感)や肯定的認知の実感度を測定します。
5. 脱感作(両側交互刺激による処理)
眼球運動やタッピングなどの両側交互刺激を用いて、記憶を再処理していきます。処理を繰り返すことで、記憶に伴う強い感情や身体反応が徐々に和らいでいきます。
6. インストール(肯定的認知の強化)
「私は無力だ」という否定的な認知に代えて、「私は乗り越えられる」などの肯定的な認知を心に定着させます。
7. 身体スキャン
記憶を思い出したときに身体に残る違和感や緊張をチェックし、必要に応じてさらに処理を行います。
8. 終結・再評価
セッションの最後に心身を落ち着け、次回以降の課題を確認します。次回のセッションでは、前回処理した記憶がどの程度落ち着いているかを確認し、必要に応じて追加の処理を行います。
EMDRで扱えるトラウマの種類
EMDRの大きな特徴は、深刻度に関わらず幅広いトラウマ体験に対応できることです。
「あの出来事は大したことじゃないから気にするべきではない」と我慢する必要はありません。どんな体験でも、心がつらさを感じているならケアの対象になります。
実際にどんなトラウマが対象となるか「小さなトラウマ」と「大きなトラウマ」に分けて解説しましょう。
小さなトラウマ
命に関わるような重大な体験ではないものの、心に傷として残りやすい出来事を指します。
- 親や教師から強い口調で叱られた
- 人前で恥ずかしい思いをした
- 職場や友人関係での小さな衝突
こうした出来事は一見「大したことではない」と思われがちですが、積み重なることで自己評価が下がったり、不安を感じやすくなったりすることがあります。
大きなトラウマ
医学的にも明確にトラウマとされる深刻な体験です。
- 性的暴力や身体的虐待
- 交通事故や火災などの命に関わる体験
- 戦争や災害の被害
このような出来事はPTSDを引き起こす原因となり、強い心身の反応を残します。
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EMDRに関するよくある質問
Q1. PTSDの診断がないと受けられませんか?
A. 診断がなくても利用可能です。PTSDだけでなく、不安・抑うつ・強迫的な思考・自己否定感など、幅広い悩みに役立つことが研究で示されています。
Q2. EMDRは痛みを伴いますか?
A. 身体的な痛みは伴いません。眼球運動や軽いタッピング、音刺激などの両側交互刺激は、安全で負担の少ない方法です。
Q3. 催眠療法と同じですか?
A. 催眠療法とは異なります。EMDRでは意識が完全に保たれたままセッションが進みます。相談者は自分の意思でセラピストと会話しながら取り組みます。
Q4. 効果が出るまでに時間がかかりますか?
A. 個人差はありますが、EMDRは比較的短期間で効果を感じられるケースが多い心理療法です。解決志向で効率的に進められるのが特徴です。
まとめ
EMDRはトラウマの大小を問わず心のケアに役立つ方法として広がりを見せています。大切なのは「どんな体験であれ、つらさを感じるなら過去の記憶と向き合っていい」という視点です。
もし過去の出来事が今の生活に影響を与えていると感じるなら、EMDRという選択肢を知っておくことが、次の一歩につながります。勇気を出して取り組むことで、未来は少しずつ変わっていくでしょう。
注意点
EMDRを受ける際は、安全に進めるために必ず専門的な訓練を受けたセラピストのもとで行いましょう。
参考文献
Neurobiological Correlates of EMDR Monitoring – An EEG Study
Neurobiological response to EMDR therapy in clients with different psychological traumas
