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下北沢にミニシアターが誕生。
ここから新しい文化が生まれる!

あちらこちらで街の再開発が進む東京。景色が変わり、地図が塗り替えられても、それぞれ変わらない街の薫りがあります。「東京で住みたい街」の上位にいつもランクインする下北沢。再開発中の駅近くに、街の文化的交流の場となる“コモンズ”を目指すスポットが誕生しました。


ついに完成した「下北線路街」

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ライブハウスや劇場が多く点在し、古着店やユニークな雑貨店などさまざまな文化が行き交う街として昔から若者に人気の下北沢エリア。最近はカレーの街としても有名ですよね。

通勤ラッシュ時の“開かずの踏切”も下北沢の名物でしたが、混雑緩和のための小田急小田原線の複々線化に伴い、線路が地下へ。踏切が姿を消してもうすぐ9年になります。小田急線の東北沢駅から世田谷代田駅を結ぶ1.7㎞の線路跡地は、学生寮や認可保育園、宿泊施設などさまざまな形態の13施設からなる「下北線路街」へ。

そして2019年から下北沢駅直結の「シモキタウエ」や個人商店が集まる「BONUS TRACK」など、新しい形の商業施設が誕生。13施設目となる「tefu lounge(テフ ラウンジ)」が2022年1月20日にオープンし、「下北線路街」が完成したことになります。

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「tefu lounge」内で注目を集めているのが、オープンしたばかりのミニシアター「シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』」です。運営を手掛けるMotionGallery代表の大高健志さんに、ミニシアターと新しい街づくりについてお話を伺いました。

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シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』 は 1スクリーン、 71席(内2席は車イス受入れ可)。

コロナ禍で気づかされた“街の映画館”の存在意義

下北沢に映画館をつくれないかという話が持ち上がったのは、コロナ禍前の2019年。小田急線の線路跡地を活用して新しい街をつくるプロジェクトがスタートしたころ。

大高さんがプロジェクトに関わることになったきっかけを教えてください。

「小田急電鉄/UDSのプロジェクトチームから映画館をつくりたいのだけれど、どうだろうかとアドバイスを求められたのが始まりでした。

私が運営しているMotionGalleryはクリエイティブな活動の資金調達やサポートをしていて、今までも映画に関する活動も行ってきていたので、このお話がきたのだと思います。実際には、MotionGalleryを含む5社からなるIncline(インクライン)が運営を行います。映画やアートを企画プロデュースする団体で、『スパイの妻』や『偶然と想像』をプロデュースしました。

実は、最初から運営に携わろうと思っていたわけではなく、あくまでもアドバイザーとしての立場でいたのですが、話をするうちにやってみませんか? やりましょうか、ということになっていきました。その後、新型コロナウイルス感染症が広がり、エンターテインメント業界は大打撃を受けていたのでミニシアターの話はなくなるのでは?と危惧していたのですが、コロナ禍でも計画を変更することなくプロジェクトが進んだのはありがたいことです。下北沢の街づくりにとって、ミニシアターが欠かせない存在であるという思いがうれしかったですね」

実は、コロナ禍で窮地に立たされているミニシアターを応援する「ミニシアター・エイド基金」のクラウドファンディングを行ったのもMotionGalleryでした。

「緊急事態宣言で休業を余儀なくされ、各地のミニシアターも大変な状況にありました。そんななか、全国のミニシアターを支えるために深田晃司監督と濱口竜介監督を中心に立ち上げたのが『ミニシアター・エイド基金』だったんです。目標金額は1億円でしたが、最終的には3億3千万円もの資金が集まりました。

これはミニシアターを守りたい、街に残したいという多くの人の思いの集まりです。支援者の声から全国各地のミニシアターがその地域に欠かせない存在であること、ミニシアターの活動の現状を知ることもできました。これは、新しい映画館をつくるうえでも、貴重な財産となりました」

サブカルの聖地で多種多様な文化をつなぐ場に

下北沢はライブハウスや小劇場が多く、エンターテインメントの土壌がありますよね。ミニシアターをつくるうえで意識されたことは何でしょうか?

「下北沢に限らずですが、映画館がただ映画を上映する場所ではなく、公共空間、共有地になれたらいいなと思っています。公共というと、政府や市区町村の行政が関わることと思われがちですが、例えば公園で集まって立ち話をするのも公共空間での活動になるわけです。ミニシアターも誰もがふらりと立ち寄れるコモンズ(共有地)になればいいなと考えています。

インターネットの急速な普及によって、さまざまなコミュニティが生まれ、個人の発信に注目が集まる時代になっています。個の時代ですが、コロナをきっかけに人とのつながりがいかに大切かを、私自身も改めて感じることができました。ミニシアターがコミュニケーションの場となればいいなと思っています。

そのためには、“自分ごと”として興味を持ってもらえるか、価値観を共有できるかが大切だと思っていて。自分ごととして捉えてもらうための一つの方法として、運営資金をクラウドファンディングで集めることにしました。大変ありがたいことに目標金額であった300万円を大きく上回る支援が集まっています。1月31日まで行っていますので、もし興味がありましたら応援をよろしくお願いします」

映画を楽しむ場所としてだけでなく、共有地になるという考え方は面白いですね。

「下北沢はライブハウスや劇場、古着屋、飲食店が多い街です。いろいろな文化が発展してきた街ですが、それぞれの活動であって混じり合っているわけではありません。映画は総合芸術なので、ミニシアターができることで音楽、演劇、古着など多種多様な文化が交わる場所になれたらいい。さまざまな人が交流することで新たなエンタメが生まれるかもしれません。

継続するためには自分ごと、参加意識を持ってもらうことも必要です。クラファンだけでなく、ベーシック・インカムプラットフォーム『BASIC』を使った月額制の参加型コミュニティを立ち上げる予定です。会員の意見をもとに上映作品を決めることなども検討中です。『今、上映されている映画、私が選んだの』という気持ちになれるし、参加意識がより高まり、その映画館のファンになる。ファンが増えれば、継続につながります。

また、ミニシアターを学びの場としても活用していきたいと考えています。SDGsの目標の一つ、『ジェンダー平等』については映画も関われることです。わかりやすい指標を示すことはできなくても、上映作品を通じて考えるきっかけをつくることができますし、ミニシアターだからこそ発信できることがあると考えています。上映作品を深掘りする雑誌も製作中なんですよ」

映画雑誌が減っているなか、今あえて雑誌を出す意図は?

「映画館発のオウンドメディアも考えましたが、飽和状態ですよね。書店に足を運ぶ人と、映画館に足を運ぶ人は相性がいいというか、共通点が多いと思います。作品ができる過程や、作品に関連するあれこれを多角的に紹介し、学びにつながればいいなと思っています。創刊号は2月中旬を目指して製作中です。書店に並んだら、ぜひ手にとってみてください」

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下北沢という街へのリスペクトがあってこそ

ミニシアターの名称「K2」にはどんな思いが込められているのでしょうか。

「いろいろと考えたのですが、所在地である北沢2丁目を表す『K2』と、みんなが目指す場所になればいいなという思いから、世界の登山家が憧れる山『K2(世界最難関といわれるカラコルム山脈にある山)』のダブルミーニングにしました。北沢2丁目という地名を入れることで、下北沢へのリスペクトを表現できたらと思っています。

下北沢の再開発は何十年も前から動き出していて、否定的な意見もあったそうです。私もミニシアターの話をいただいてから、下北沢と接点のある人たちから話を聞いたり、街のことを文献で調べたりしました。Inclineのメンバーである北原豪は、ミュージシャンとして下北沢のライブハウスで活動し、音楽を辞めてからも住民として下北沢にどっぷりつかっていますし、増田早希子はライブハウス『風知空知』で店長を務めていました。再開発の反対運動のことや、街の魅力を彼らからも話を聞き、“シモキタ”の魅力は狭い路地がたくさんあることだと気づきました。

車1台が通るのがやっとの道や、そもそも車が入れない道。狭い路地に小さなお店ができ、そこに人が行き交いやすく屯しやすい共有地が生まれる。そこでのおしゃべりから新しいアイデアが生まれ、文化が育ってきた。再開発というと変わらなくてはいけないという意識があるけれど、下北沢の良さを守り、変わらなくても新しい街ができる。ミニシアターもそこに貢献できたらいいなと思っているし、できると思っています」

「下北線路街」のコンセプトは「BE YOU. シモキタらしく。ジブンらしく」。多様性にあふれた街で、新たなチャレンジを後押しできる拠点づくりを目指し、何かを変えるのではなく、開発を通じて街を支援する“支援型開発”と謳っていますよね。

「大きな道を通し、高い建物をつくるのは簡単なことです。利益よりも街に根付いている文化を大切にした新しい街づくりだからこそ、今、街の人達に受け入れられ、下北線路街が盛り上がりを見せてきているのだと思います。K2も街になじみ、愛される存在を目指していきたいです」

オンラインとオフラインのハイブリッド。新しいカタチの映画館

コロナ禍という時代背景のプロジェクトだからこそ、新たにチャレンジできることもありそうですね。

「今は動画配信も盛んなので、映画もすぐに配信される時代です。そこで映画館に足を運んでもらうだけでなく、オンライン上映も行うことにしました。それが、映画館での劇場公開に連動したバーチャル・スクリーン『Reel』です。映画館で上映されている期間に限り、有料で鑑賞できるもので、売上げの一部はその作品を上映している各劇場に均等に配分します。映画文化を持続するためにも必要な取り組みだと考えています。第1回作品は、K2のこけら落とし上映作品でもある濱口竜介監督の『偶然と想像』です」

映画館で観た後に、また家でも観ることで同じ作品でも違った印象になるかもしれませんね。

「そうですね。そして、忙しくて映画館に行かれない人でも、家で映画鑑賞ができ、売上げにも貢献ができる。これも自分ごと、参加意識を持つ一つになると思います。コロナもまだまだ油断できませんし、映画館に行くのはちょっと・・・と躊躇している人でもオンライン上映があれば、見逃すことはありません」

1月20日にオープンしたばかり。今後の上映作品は決まっていますか?

「濱口監督の『偶然と想像』のほかに、『PASSION』『何食わぬ顔』『永遠に君を愛す』などを予定しています。1月24日からは『映画:フィッシュマンズ』を上映します。下北沢と深い縁があるフィッシュマンズなので、ぜひ楽しみにしていてください。

一つの作品を短期間ではなく、長期にわたって上映できるようにしたいと考えています。昨今は、話題になったころに上映が終わってしまうことが多いので、話題になってからも映画館で観られるようロングランを目指しています。最終の上映時間は21時ごろのスタートなので、会社帰りにふらっと立ち寄ることもできます。K2と同じフロアにはカフェがあるので、お茶をしながら映画の感想を語り合うのもいいですね。ミニシアターを起点に、さまざまな交流が生まれたらうれしいです」


人それぞれが自由に、好きなカタチでつながっていける小さな映画館の誕生。“シモキタ”カルチャーの新しい発信地で、自分らしい楽しみ方を見つけてみましょう。


シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』
東京都世田谷区北沢2-21 tefu lounge2F(シモキタウエ直結)
Twitter @K2shimokita

クラウドファンディングページ
https://motion-gallery.net/projects/k2-cinema


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Profile
大高健志(おおたか・たけし)
MotionGallery代表、Incline役員、映画プロデューサー、さいたま国際芸術祭2020キュレーター。1983年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒業後、外資系コンサルティング会社に入社。その後、東京藝術大学大学院に進学し、映画製作を学ぶ。2011年にクラウドファンディングプラットフォーム「MotionGallery」を設立。


PHOTO = 阿萬泰明(PEACE MONKEY)
TEXT = 岩淵美樹

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