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本を軸に広がる未来。進化する文化発信地を創る【森岡書店 店主 森岡督行のIt’s My Story】

「一冊の本を売る本屋」をコンセプトに、2015年5月に銀座にオープンして話題を集めた森岡書店は今年で早7年目。一度は撤退も考えたというコロナ禍の厳しい状況を経て、さらに人が集う文化発信地として進化を続けています。絵本の制作やスイーツの開発・販売など次々と楽しいプロジェクトを手掛ける店主の森岡督行さんが大事にしていることとは?

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週替わりで扱う本が変わる、一期一会の場

東京・茅場町で写真集や美術書を中心に古書店を営んでいた森岡督行さんが、開業10年ほどのタイミングで、かねてから温めてきた「一冊の本を売る」というユニークなアイデアを形にした森岡書店。

“一冊の本から派生する展覧会を行いながら、その本を売っていくような書店”は、週替わりで扱う本も店の空間も変わり、著者を中心に読者と触れ合う一期一会の刺激的な場として、日々化学反応が起きています。

「もともと茅場町の店舗のギャラリースペースで行っていた出版記念イベントが、著者をはじめとする本にまつわる人たちと読者との交流の場として喜ばれ、もしかしたら売る本が一冊の本あればいいのでは?と思ったのがきっかけです。常連のお客様によると茅場町のお店のオープン翌年くらいからそんなことを言っていたようです(笑)」

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愛する昭和初期建築物との運命的な出合い

場所との出合いも大きく、店を構えるのは銀座一丁目にある昭和四年築の近代建築“鈴木ビル”。なんとこの物件が40年ぶりに空いて目の前に現れたというのも大きな決め手だったのだとか。

「昭和14年ごろに、この鈴木ビルに入居していたのは写真家 名取洋之助さんが主宰する『日本工房』の後進組織で。私がコレクションしていた日本の対外宣伝誌『NIPPON』を手掛けていたりと、当時の写真やデザインを牽引してきた最先端の場所だったんです。そんな歴史的な背景のある場所で、出版イベントや本をアート作品としてとらえる展示を行うことは意義がある、運命だと思いました」

海外の訪問者向けに始めた似顔絵がブレイク

そして満を持してのオープン、画期的なコンセプトの本屋は話題を呼び、さらに海外からの反応に驚いたといいます。

「ありがたいことに世界中からお客様が来てくれ、開店して数ヵ月すると特にアジアのお客様がほぼ毎日来てくださるように」。とりわけ中国の方が次から次に来てくれる時期があり不思議に思っていると「この書店のことが中国のネット上で事細かく紹介され、拡散されている、とそのなかのお客様からスマホ片手に教えてもらいました。中国からの観光バスが停まったりと森岡書店はなぜか観光地に(笑)」。

そんな海外からの訪問者向けにひょんなことから始め、人気をはくしたのが「似顔絵」を描くこと。「日本語が読めなくて買うものがないと言われて、“それなら似顔絵を描きますよ”と少しでも旅の思い出になれば、と軽い気持ちで返答したのがきっかけです。以前著書に似顔絵を描いて渡したその状況が面白かったのを思い出して、似ているわけではないけど、と気軽に始めたのです」ーーそれがまたSNSで拡散されたのか、森岡さんは毎日のように似顔絵を描くこととなり、希望者で行列ができたことも。

そんな交流を積み重ね、森岡さんは韓国のソウルや中国、台湾、インドのニューデリーで、トークイベントに呼ばれ引っ張りだこに。これからの新しい書店の在り方やアイデアの実現の仕方などに質問が集中し、このユニークなアイデアを形にした空間の価値を実感していったそう。

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厳しいコロナ禍を経て、改めて気づいたこと、形になった想い

森岡書店のみならず、多くの店舗を襲ったのが、2020年から続くコロナ禍。銀座は特にその影響を受け、イベントは軒並み中止となり森岡書店でも売る本がないという状況に。「窮地というよりも撤退するかどうかを考えたほどです。2020年の6月あたりに、8月末の時点で年内に休業するかどうか決めようと話し合っていました」。

そんななか、オンラインショップを始めたり、2020年6月から予約制で少しづつお店も再開。「オンラインイベントやインスタライブを平行しつつも、やはりリアルな場を求めてくれるお客様は多く、飛び込みでここに本を置いてほしいというクリエイターの方もいて逆に勇気づけられました」という森岡さん。それから現在に至るまで休むことなく週替わりで、本を紹介し続けています。

彼自身もまたこの時期、本にまつわる仕事として、1964年の銀座を撮った写真家 伊藤昊の写真集『GINZA TOKYO 1964』の出版や、資生堂のウェブサイト『花椿』で銀座について書くエッセイ(連載をまとめた文庫『800日銀座一周』が発売中)がスタートするなど執筆業にも注力。さらに長年構想があった絵本も、イラストレーターの山口洋佑さんとともにコロナ禍を機に内容を練り直し、『ライオンごうのたび』として昨年3月に遂に出版を果たしたのです。

「もともとは学校の学びに興味が持てない自分の娘に向け考えたもので、世界には面白い不思議に溢れていて、そんな視点からみると楽しいはず、と伝えたくて。環境破壊への問題提起などのメッセージも込めています」

そんな森岡さんにとって初となる絵本は今年、全国学校図書館協議会選定図書に選ばれたのだとか!

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夏みかんのパウンドケーキ ¥4,104

美味しい循環が生まれる、新しい試みへ

さらにスイーツ好きが高じて進行中なのが、森岡製菓の名でスタートした「ジャム百珍」プロジェクト。江戸時代の特定の食材を使った料理を紹介する料理書『豆腐百珍』などにちなんで、さまざまなジャムによるお菓子を作り、販売。そしてゆくゆくはそのレシピ本を出版する試みなのだとか。

6月から販売している第一弾の夏みかんパウンドケーキは、東京・世田谷区の下馬福祉工房が製造から発送まで担当。原材料にもこだわり、東京・北区のつばさ工房で手作りされた無添加の夏ミカンジャムを練りこんでいるそう。

「本当に美味しいんです。役所にたまに置いてある福祉施設が作ったお菓子が美味しくて、よく購入していたのですが、パッケージにこだわって高く売れないかな、と思ったのがきっかけ。作る人の工賃もあがって、食べる人も喜んで・・・そんなサイクルができたらいいな、と」

イラストレーター そで山かほ子さん描いたイラストが箔押しされたパッケージは、夏のギフトにもぴったりです。


そして2022年7月6日(水)から7月14日(木)まで、銀座のSony Park Miniを舞台に「森岡書店西銀座支店」と称したポップアップストアが開催予定。前述の夏みかんパウンドケーキや似顔絵サービスのほか、森岡書店の世界観が気軽に楽しめるのでぜひ本店とともにチェックを。


昔から心惹かれてきた古い建物と対話し、銀座という土地に想いを馳せながら過去と未来を行き来して思考をめぐらせる。本を中心にして、活躍の場を広げる森岡督行さん。世界が新しく生まれ変わり動き出すこれから、どんな未来を創造していくのか、楽しみです。

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profile
森岡督行(もりおかよしゆき)
1974年山形県生まれ。森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一週』(文春文庫)などがある。共著の絵本『ライオンごうのたび』(あかね書房)が全国学校図書館協議会が選ぶ「2022えほん50」に選ばれた。現在、小学館「小説丸」オンラインにて『銀座で一番小さな書店』を、資生堂『花椿』オンラインにて『銀座バラード』を連載中。https://moriokaseika.base.shop/
Instagram @moriokashoten


TEXT = 菅原絢子
PHOTO = 角田明子

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