マイナスをプラスに転じさせる。車いすアイドルのポジティブ思考【ゲスト 猪狩ともかさん / 編集長インタビュー】
Humming 編集長永野 舞麻(ながの まあさ)
が、知りたいこと、気になること、会いたいひとにフォーカス。今回は、アイドルグループ「仮面女子」で活躍する猪狩ともかさん。不慮の事故により車いす生活を送るなかで、現在に至るまでの葛藤、日々をポジティブに生きるための心の持ち方などについて伺いました。
Contents
Special Interview ———
猪狩ともかさん
アイドルグループのリーダーとして活躍していた猪狩さんは2018年の春、26歳のときに、強風で倒れてきた数百キロの看板の下敷きになるという惨事に見舞われました。脊髄損傷を負って両下肢完全麻痺と診断されるも、壮絶なリハビリを経て、車いすに乗りこなしてステージにカムバック。その奇跡は多くのメディアで取り上げられました。
復帰後は、東京都から「パラ応援大使」「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた懇談会」のメンバーを務めたほか、Eテレの「ハートネットTV」にも出演。さらにYouTube配信、作詞などにも精力的に取り組んでいます。その強く前向きな姿は、たくさんの人に勇気と元気をもたらしています。
思い出を振り返ることはあっても、後ろは振り向かない
– 猪狩さんが苦難を乗り越える支えとなったのは、ご家族の力も大きかったことと思います。幼少期はどのような子供でしたか?
「子供のころは毎年必ず、家族で海水浴に行ったり、母が大ファンだった埼玉西武ライオンズの試合を球場で観戦したりと、一緒に過ごすことの多い仲の良い家庭環境で育ちました。私自身はモーニング娘。に夢中になり、歌やダンスが大好きで、すでに小学生のときにはアイドルになりたくて、オーディションにも挑戦しました。でも、残念ながら落ちてしまって、アイドルになるという夢は封印したんです」
ー それでも結果、アイドルになる夢を叶えたわけですね! そこからデビューまでの経緯は?
「高校卒業後は4年制の管理栄養士の専門学校に進学して、就職活動も励まないと・・・と思っていたんです。でもこの時期に、かつて憧れていたモーニング娘。の存在、そして、自分のなかにあった“アイドルになりたい”という思いが再び沸々と湧き上がってきて。もう自分の気持ちに嘘をつけず、勇気を出して現在の事務所のオーディションを受けることにしました。
結果的に合格し、その後は研修生としての長い下積みなどを経て、『仮面女子』のメンバーになることができました。本格的にアイドルを目指したのが22歳と、他の人より遅いスタートだったからこそ、とにかく頑張らねばと無我夢中の毎日でしたね。アイドルという仕事は歌やダンスが楽しいのはもちろん、観てくれる誰かの活力になれるのが最高にうれしいし、やりがいも大きいです」
ー そんな充実した日々が、不慮の事故に遭われて一変してしまいました。多くの苦難があったと思いますが、どのように新たな一歩を踏み出したのでしょうか?
「4年前の事故で、車いすの生活を余儀なくされたわけですが、直後は現実と悲しみが押し寄せてきて『あぁ、もう以前のようには踊れないんだなぁ』と。リハビリ中も『想像以上に体が動かなかったら、どうしよう』と、つい悲観的な方向に気持ちが行きがちで・・・。それでも、自ら『アイドルをやめる』という選択肢はありませんでした。
ただ、自分は続けたいと思っているけれど、メンバーや事務所のスタッフに対して『私はみんなのお荷物になっているかもしれない』と負い目を感じていました。でも、みんなが『ともかが帰ってくるまで、あなたの居場所をつくって待っているからね!』と言ってくれた。うれしくて胸がいっぱいになりました」
ー ご家族だけでなく、お仕事仲間の存在も支えですね。
「はい、そうなんです。でもー-実際に復帰してみたら、両手を使って車いすを動している私には仮面女子の売りである仮面を持ってダンスを踊ることができない。だから、必然的に私に合わせたフォーメーション、車いすありきの構成になるわけです。もともとポジティブな性格な私も、みんなを巻き込んでしまっているという紛れもない現実に落ち込みました。
事故で入院しているとき、私が『車いすのアイドルなんて、ニーズはないよね』とついネガティブな言葉を発してしまったことがあって。そしたら、それを聞いていた兄から『車いすに乗っていても、誰かを元気づけたり、希望になれるはずだよ!』と言われ、ハッとしたんです。それを思い出して、車いすを理由にいろいろなことを諦めるのだけはやめよう!と覚悟を決めました。そして、思い出を振り返ることはあっても、後ろは振り向かない。私が今いる場所は、今ここしかないと強く思うようになったんです。
その後は気持ちの浮き沈みが多少あっても、元来のポジティブな自分に戻っていきました。おかげで『事故に遭って良かったとは一生思えないけれど、新しい道が、明るい場所で良かった』と感じられるようになりました。
今考えれば、私の家族はみんな前向き! 例えば、作ったおかずの味が濃すぎたときも失敗と捉えず、白米が進んでいいね~!と褒めてくれるんです(笑)。そんな家族と過ごしてきたから、私は自然とマイナスをプラスに転換するクセが身についていたみたいです。家族には心から感謝しています」
困っている人が素直にSOSを発せる世の中にしたい
– 車いすを利用する生活だからこそわかったこと、見える現状と問題点があると思います。それを踏まえて、今後、積極的に取り組んでいきたいことはありますか?
「日本もバリアフリー化は進んでいるけれど、まだまだ不便な点が多いです。例えば、ホテルなども使いにくいポイントが意外とあります。障がいの種類はさまざまで、それぞれの人にとって使いやすさの基準は異なりますが、誰にとっても“ちょうどいい基準”が整備されて、ホテルだけでなくいろいろな場所やシーンで実際に採用されていくといいなと思います。
ファッションについても、車いすであることでの制約ー-ロングコートは着こなしづらかったり、白い服はタイヤの跡がついてしまうので選ばなくなってしまったりー-はありますが、生活に支障があるほど大きな問題ではありません。でも、もっとおしゃれを楽しんだり、選択肢を広げるために何かいい方法があるはずですよね。
こんなふうに、日頃感じている率直な意見や思いをSNSで発信すると、フォロワーさんたちから『気づかせてくれて、ありがとう!』という声をいただくことも多くて。人は“知らないものに対して対応できない”というのは当たり前です。私自身も事故に遭う前は、車いすに乗っている人を見かけても何もできませんでした。それはやっぱり、車いすや車いす利用者のことを知らなかったし、想像できなかったから。だからこそ、今は当事者という立場だからわかることを積極的に発信して、多くの人たちに情報を届けていけたらと思っています」
– 実際に街で車いすで移動している人に出会ったとき、私たちに何かできることはあるのでしょうか? アドバイスがあれば、教えてください。
「車いすで移動している自分が常に困っていてSOSを出しているかというと、そういうわけではありません。それに、車いす利用者でも全員が同じ助けを必要としているのではなく、必要なことは人それぞれ違うもの。なかには、そもそも助けを借りずに自力で頑張ることがリハビリになるケースもあります。だから、一概に手を貸すことがいいというわけではないのですが、当事者がSOSを気軽に発せられる世の中であってほしいなと思います。
私自身は声をかけてもらえたら素直にうれしい! 坂道では誰かに車いすを押してもらえたらな~と思うけれど、周りの見知らぬ方にお願いするのは気が引けるので、『何かお手伝いしましょうか?』と声をかけてもらえると本当に助かります」
前向きに生きていれば、きっと新しい道が開ける
– 2020年に刊行された著書『100%の前向き思考—生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための55の言葉』で、一番伝えたかったことを教えてください。
「この本に込めたメッセージは『前を向いていれば、良いことがある』ということ。事実、私は新しい道を開くことができました。どん底まで落ちたときに、心身ともに無理をしてまで前向きを演じる必要はないけれど、やっぱり後ろ向きでいるより、前向きでいたほうが幸運なことや出会いを引き寄せることができると思います。
私自身、事故に遭って手術をしてから4ヵ月後にはもうステージに復帰できました。紆余曲折があったものの、事実を受け入れて以降は、早めに気持ちを切り替えて前を向き、リハビリに懸命に励んだことが良かったのだと思います。
この本のなかで、入院中に作成した“不幸中の幸いリスト”を紹介しました。最悪の事態でも、“良かったこと”を探し出して書き留め、リスト化していくんです。私の場合は『生きていた!』『手が自由』『通行人がすぐに救助してくれた』ーーといった具合に。不幸中の幸いリストを作っておくと、落ち込んだときに見返すごとに『私って案外、ラッキーだったかもしれない』『十分幸せだよね!』と、元気を取り戻せるんですよ」
– 人前に出る活動で顔と名前を知られる立場となると、余計な雑音や心無い言葉などが向けられ、それが耳に入ってきてしまう時代です。基本的にポジティブな性格の猪狩さんですが、他者の言動に傷つきそうになったときはどのように対処していますか?
「ズバリ、感情を吐き出すこと! 私はもともとブログを書いていましたが、それはあくまでも表向きなもので、本音をつづるときは、断然ノートに書く派です。特に事故に遭ってからは、記録しなきゃ、自分のリアルな言葉で思いを残さなきゃ・・・という一心で、可能な限りノートに書くようになりました。後になって見返すと『随分と、荒れていたな(笑)』と感じるくらい、感情的な言葉をバーッと連ねていたこともありました。
それでも自分のなかで消化できないことは、人に話すに限りますね。家族や友人と会話のキャッチボールをするなかで、相手から共感してもらえたり、『気にするなよ!』と励ましてもらえると心が軽くなっていきます。
でも、頻繁に、一方的に愚痴を話すだけだと、相手に負担をかけてしまいますよね。だから、毎回同じ相手には話さない、ストレスになるような話し方をしないなどの配慮は欠かせません(笑)。どうしても、人の批判に傷ついたときは『1のアンチの人より、9の応援してくれる人を思い出す』ようにして、自分を鼓舞しています」
– さまざまなことにチャレンジしている猪狩さんが、これから叶えたい夢を教えてください。
「まずはもっともっと精力的に活動をして、『仮面女子』というグループを大きくしていきたいですね。そして、私自身のパフォーマンスも高めていき、『車いすに乗っていても、それを感じさせない、パワーがすごい!』と思ってもらえたらうれしいです。ソロ活動のほうではドラマで演技も見せたいですし、バラエティ番組にも出演したい。車いすに関することだけでなく、マルチに活躍したいと思っています。
そして、今後も世の中に向けて、微力ながら何か伝えていけたらと。例えば、アイドルグループのなかに障がいを持つ私が存在していること、そして活動する姿をお見せしていくことで、多くの人たちが『私たちの社会には障がいを持つ人が存在し、それは当たり前のこと』と思ってくれたらいいなと思います。
私はいつも『どんなときも、どこかで誰かが自分を見ている!』と信じています。そして、人生には良いことも悪いことも起こり得るし、みんな平等にそんな経験すると思っていて。だから、人が見ていないからとズルをしたり、自分だけが悲しい目に遭っていると卑屈になることだけは絶対に避けたいです。
車いすの生活になってからすごく感じていることなのですが、世の中は巡り巡っているなと。だから、自分が誰かに助けてもらったら、私自身も誰かを助けたい。そうやって、思いはつながっていくんだと信じています。そんな自分ができることの一つとして、アイドルとしての活動を継続していきたいと思っています。私がたくさんの人に支えられているように、歌やパフォーマンスで私が皆さんをを元気づけることができ、誰かの心の支えになれたら本望です」
ー 猪狩さんのポジティブ思考は、ファンだけでなく、多くの方々にパワーをもたらしていると思います。今後のご活躍も楽しみにしています! 貴重なお話をありがとうございました。
インタビューを終えて
猪狩さんのお話を聞いて、目に見える体の違いを持っていても、目に見えない気持ちのハードルを抱えていても、両方とも「その人が乗り越えて生きていく課題」という観点から見れば「障がい」が存在することことに気がつきました。
それが車いすに乗っている人にとっては段差であったり、内向き思考な人にとっては行く気になれないカレンダーの予定だったりする。一人ひとりが「これは自分自身にとって障がいだ」と思うものが目の前に現れたら、乗り越えるための努力が必要なのだと思いました。
どのような状況においても、お互いにお互いを思いやる気持ちで相手と接することが大切なのだと再確認しました。
そして、それぞれが自分の経験していることについて声をあげること。
人は自分の経験したことの無いことは、うまく想像できないし、気が付けないことも多々あります。経験者自身が言葉にしてくれたことで周りが気が付けることもたくさんあるので、自分の声なんて、と思わずに思いを声に出していくことの大切さを感じました。
また、お話の端々で、猪狩さんは、家族や周りの方たちからとても愛され、大切にされて育ってきたのだということが感じられました。お母様の、小さいころからの前向きな声がけこそが彼女のなかに深く強く根付いていて、今のご自身の前向き思考を作り出しているのだということがわかりました。
これからも、ますます幅広くご活躍されることを心から応援しています。
編集長 荻原正子
Profile
猪狩ともか(いがりともか)
アイドルグループ「仮面女子」のメンバー。1991年生まれ。埼玉県出身。2018年4月、強風で倒れてきた看板の下敷きになり、緊急手術を受けるも脊髄損傷を負い、下半身不随に。事故は数多くのニュースで取り上げられた。絶対安静の状態からリハビリを経て、2018年8月、車椅子に乗りながらアイドルとして復帰を果たす。東京オリンピック・パラリンピックでは東京都の「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた懇談会」メンバーとして活動し、「パラ応援大使」に任命も。著書『100%の前向き思考—生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための55の言葉』(東洋経済新報社)は、老若男女の間で「生きる勇気をもらえる」と話題に。
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PHOTO = 植一浩