
私たちの日々の暮らしにとって、「水」はあって当たり前の存在。朝起きて顔を洗い、コーヒーをいれ、家族の洗濯をする…。蛇口をひねれば、いつでも清潔な水が出てくる。もしそれが、ものすごく大変な重労働で、毎日何時間もかけて遠くまで汲みに行かなければならないとしたら?想像するだけでも、疲れてしまいますよね。
実は、ネパールには今も、そんな厳しい現実を生きている村がたくさんあります。特に水汲みの重労働は、幼い女の子や女性たちの肩にのしかかっています。
そんなネパールの村に、スコットランドからやってきた一人の男性が、文字通り「奇跡のパイプライン」を敷設し、人々の生活を根底から変えています。彼の名前はイアン・ベントさん。彼の行動のきっかけが、世界中でブームになった「アイス・バケツ・チャレンジ(難病支援のため氷水をかぶる、または寄付するチャリティー運動)」だった、というから驚きです。
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「水を頭から浴びるなんて水がもったいない!」— 熱い怒りが生んだ、画期的なアイデア
イアンさんは長年ネパールで生活し、ビミリ村の人々が抱える深刻な水不足を目の当たりにしていました。そんなある日、彼のもとにSNSで「アイス・バケツ・チャレンジ」の指名が届きます。当時、誰もがやっていたこのチャリティームーブメント。しかし、イアンさんはこの行為に激しく異議を唱えました。
彼の心の叫びは、SNSに投稿された率直なメッセージとなって飛び出します。
“イアンさんは「アイス・バケツ・チャレンジ」に異議を唱え、無駄に水を使う代わりにネパールの村のための井戸掘り支援を呼びかけ、人々に水の尊さと寄付の本質を気づかせた。”
「清潔で飲める水を、ただ頭からぶっかけるなんて、なんてもったいないんだ!こんなこと、全く意味がない!」
そして彼は宣言しました。もし本当に誰かを助けたいと思うなら、その水を捨てる代わりに、「この村の素晴らしい人たちのために、井戸を掘る費用として20ドル、あるいは可能な範囲で寄付してほしい」と。
彼のこの訴えは、当時のブームに「待った」をかけるもので、多くの人々の心に響きました。当たり前のように使っている水への感謝と、恵まれない人々への思いやりを、改めて考えさせてくれたのです。
重労働を体感!ネパールの伝統籠「ドク」で運ぶ、水の重み
イアンさんは、ただ言うだけでなく、自ら行動で示しました。
彼は、ネパールで昔から使われている、頭にバンドをかけて背中で運ぶ伝統的なかご「ドク(DOKU)」を使い、20リットルの水を村まで運ぶという挑戦を発表。この「ドク」は、何時間もかけて重い水を運ぶ女性たちの日常を象徴するものです。
“イアンさんはネパール女性たちの水運びを象徴する「ドク」で20リットルの水を運ぶ挑戦を自ら行い、多くの寄付と共感を集めて「ビミリ財団」を設立し、人々に水不足の現実と支援の大切さを強く伝えた。”
彼の呼びかけに、人々はすぐさま反応しました。数百人から寄付が集まり、その額は数千ドルに達しました。こうして、イアンさんの熱意と人々の善意によって、村に水を届けるための団体「ビミリ財団(The Bimiri Foundation)」が誕生したのです。
さらに、彼の友人たちも、あの過酷な水運びを体験するために「ドク・チャレンジ」に参加。参加者の一人、ジムさんは、「水があたり前にある国から来た私にとって、この重労働は、単なるバケツ一杯どころではない、感情にぐっしりと響く重みがあった」と語っています。

パイプラインが村にもたらしたもの — 蛇口から出る「時間」と「希望」
集まったお金は、ただの井戸掘りだけに終わりませんでした。イアンさんと村の人々は、水を自宅まで届けるための「パイプライン敷設」という、もっと大規模なプロジェクトに挑んだのです。
このプロジェクトが素晴らしいのは、村の全員が参加しているということです。
“イアンさんの呼びかけで始まった支援は村全員参加のパイプライン敷設へと発展し、ビミリ村の全家庭に水道が通って女性と子どもたちの時間と未来を解放し、生活と希望を大きく広げる結果につながった。”
子どもから大人まで、皆が一緒になって水道管を埋めるための溝を掘り、地元のエンジニアが技術指導を行いました。時には、資材を運ぶために道を作ったり、電気を引いたりといったインフラ整備にまで発展しました。まさに、「自分たちの手で未来を創る」という共同作業です。
そして、ついに成果が。ビミリ村の全ての家庭に水道が通り、蛇口から水が出るようになったのです!
これにより、10歳くらいの幼い女の子たちを含む女性たちが、毎日何時間も費やしていた水くみの重労働から解放されました。彼女たちが得たのは、水だけではありません。「時間」です。
得られた時間で、子どもたちは学校で学ぶことができ、女性たちは小さな飲食店を始めたり、家畜を増やしたりと、家族の暮らしを豊かにするための活動に専念できるようになったのです。水が、彼女たちの「可能性」と「希望」を広げたのです。
一人のスコットランド人男性の「もったいない」という怒りから始まった活動は、国境を越え、多くの人々の心を動かし、ネパールの村に命の水を届け続けています。
次の目標はナモブッダ地区全域へ!
最初の村で成功を収めたイアンさんの次の目標は、ビミリ村の周辺にあるナモブッダ地区全域の家庭に、一つずつ蛇口を設置すること。「すでに費用の計算を始めていて、すぐにでも作業を始めたい!」と意欲満々です。
さらに、スコットランドの小学校と連携し、生徒たちがネパールを訪れてイアンさんの活動をサポートし、「人を助けることの大切さ」を学ぶ教育プログラムも計画しています。
一人の男性の勇気ある行動が、世界を動かし、たくさんの笑顔を生んでいるこの物語。
私たちが日々当たり前に使っている「水」について、そして私たちの身近な行動が世界を変える力を持っていることを、改めて教えてくれます。

ライター:プロフィール

著者:堀江知子(ほりえともこ)|香港在住ライター
民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ文化や社会問題についての取材を行ってきた。
2025年からは香港に移住しフリーランスとして活動している。noteやTwitterのSNSや日本メディアを通じて、アフリカの情報や見解を独自の視点から発信中。
出版書籍:『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法 Kindle版』。
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