香港ディズニーランドのステージで観客を楽しませる日本人ダンサー、松浦希実さん。幼い頃からダンスに夢中になり、東京のテーマパークで経験を積み、単身ニューヨークへ渡った彼女が、今は異国・香港で8年間舞台に立ち続けています。
夢を追いかける過程での葛藤や挫折、プロとしての覚悟、さんの情熱の源とは?年齢や環境に関わらず挑戦し続けることができる秘訣や、毎日を大切に生きるヒントをお聞きしました。
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ーー 香港ディズニーランドでは、具体的にどんなお仕事をしているのですか?
パフォーマンスを通じて、ディズニーランドに来園したお客様が、まるで自分もディズニーの世界に入り込んだように感じられるお手伝いをしています。私が今出演している「ミッキー・アンド・ザ・ワンダラス・ブック」というショーは、香港ディズニーランドの中でも特に人気の高いショーの一つです。このショーでは、香港、フィリピン、タイ、台湾、中国、そして欧米、オーストラリア、アメリカ、イギリス、パキスタンなど、たくさんの国から集まったメンバーと一緒にステージを作り上げています。
ーー 小さい頃からダンサーを目指していたんですか?
小さい頃にバレエを始めて、その頃はバレリーナになるのが夢でした。でも、うまくいかないことも多く、だんだんと「私にはバレリーナは向いてないんじゃないかな」と思うようになっていた頃にミュージカルに出会いました。ミュージカルの専門学校で3年間、芝居や歌、ダンスを勉強し、卒業後、いろんなオーディションを受けて事務所が決まりました。
東京ではオーディションに合格して、東京のテーマパークでダンサーとして活動することになったんです。
“東京で8年間ショーやパレードに出演した後にダンスへの情熱を再燃させ、憧れのブロードウェイダンサーたちと同じレッスンを受けながら交流するという、刺激的で忘れられない体験をニューヨークで手にしました。”
ーー そして、ニューヨークから香港へ?
せっかく時間もお金もかけて、ニューヨークでダンスレッスンを受けたり、50本以上のショーを見てきたので、その経験を活かして、日本ではない違う国で英語を使って働いてみたい、踊ってみたいと思うようになりました。
留学期間が終わりに差し掛かったとき、インターネットでオーディション情報を調べていたら、ちょうど帰国する翌日に、香港ディズニーランドのオーディションがあるのを見つけたんです。この機会を逃したら、もう香港へ行く機会はないかもしれないと思って、その場で飛行機のチケットを取りました。ニューヨークから成田、そして翌日に成田から香港へ弾丸で飛んで、オーディションを受けて帰国しました。
ーー ディズニーのダンサーという華やかな世界の裏には、大変なこともたくさんあると思います。これまでで一番大変だったことは何ですか?
一番大変だったのは、やっぱり言葉の壁ですね。言いたいことが伝わらなかったり、逆に相手の言っていることのニュアンスがうまく掴めなかったり…。翻訳機を使ったり、言葉なしでも伝わるように努力したりと、コミュニケーションには苦労しましたね。
そして、もう一つ、日本人特有の「言わなくてもわかるだろう」という感覚は、海外では通用しないと痛感しました。私は伝わっていると思って言わなかったことが、後々トラブルになることもあります。相手からは「言ってなかったじゃないか」と。こっちは「言わなくてもわかるだろう」と思っていたりするんですよね。
でも、そういう経験をして、「思っていることは口に出して伝える」ことの重要性を学びました。遠慮して言わない方がいいかなと思うことも、言った方がいいんだなっていうふうに、だんだん考え方が変わっていきましたね。
ーーダンサーとして大変だったことは?
若い時は、オーディションで悔しい思いをすることも多々ありました。ダンススキルだけじゃなく、スタイルや身長といった外見的な理由で落ちてしまうこともあったので、若い頃はダイエットを頑張ったり、鏡の前でどうしたら自分の体を一番きれいに見せられるかを研究したりしていました。
あとは、自分の実力が足りないと感じることも多かったですね。それを補うために、どうしたらオーディションに受かるだろうと考えて、「人とは違う表現をする」ことを心がけました。ただ振りを正確に踊るだけではなく、表情や表現の仕方で差をつけるように。そして、審査員側が今どんなキャラクターや踊りを求めているのかをいち早くキャッチして、自分がその役にどう入り込めるかを考えながら、一つひとつの壁を乗り越えてきました。
ーーダンサーというお仕事の一番のやりがいは?
一番のやりがいは、やっぱりお客さんの楽しそうな顔を見ることです。ステージ上からもお客さんの表情はよく見えます。特に子どもたちが笑顔でショーを楽しんでくれているのを見ると、「やっていてよかったな」と心から思います。
パレードのように、お客さんとの距離が近いパフォーマンスの時もやりがいを感じますが、今踊っているショーのように、ステージと客席が離れていても、お客さんの反応を感じられるのがすごく嬉しいですね。
あとは、才能あふれる世界中のパフォーマーたちと一緒に仕事ができることも、大きなやりがいです。みんなでウォームアップをしたり、互いの得意なダンスを教え合ったりと、毎日が刺激の連続です。ライバルではなく、一つのチームとしてお互いを高め合っていると感じます。
“現役ダンサーとしてのキャリアに一区切りをつけつつ、子どもたちにダンスを教えたり舞台づくりの裏方として関わったりしながら、踊る喜びと日々の尊さへの感謝を胸に、次世代とともにエンターテインメントを育んでいきたい”
ーー 40代のダンサーとして、体力の維持やモチベーションアップのために工夫していることは?
若い頃はあまり真剣に取り組んでいなかったのですが、やはりこの歳になるとストレッチやコアトレーニングの重要性を強く感じています。最近はショーの練習とは別に、ピラティスやダンベルを使ったトレーニングもするようになりました。
そして何より、体を休めることが大切です。体の回復に時間がかかるようになったので、睡眠時間は最低でも7時間は取るように心がけています。寝る前に足をマッサージしたり、体のケアをしっかりするようにしています。
ーー今年40歳になったばかりの希実さん。今後のキャリアはどう考えていますか?
現役ダンサーとしての活動は、そろそろ一区切りかなと考えています。でも、エンターテインメントへの情熱は変わらず、これからも何らかの形で関わり続けたいです。具体的には、子どもたちにダンスを教えることで次世代を育てたり、裏方としてショー作りに携わったりするなど、舞台の魅力を支える側でも力を発揮できればと思っています。現場で踊るだけでなく、創る側としてもエンターテインメントに貢献していけたらうれしいです。
ちょうど昨日、知り合いに頼まれて久しぶりに子どもたちのレッスンをやったんです。日本にいた頃は、母校の昭和音大付属バレエ教室でミュージカルの講師として教えていた経験もあります。久しぶりだったので、子どもたちと一緒に踊る楽しさやワクワク感を改めて思い出しました。やっぱり、彼らと一緒に体を動かす時間ってすごく特別で、教える喜びが大きいんです。だからこれからは、子どもたちにダンスを教えるクラスもどんどん再開して、彼らと一緒に成長していけたらいいなと思っています。

ステージ右の手前で踊る希実さん
ーー希実さんが「40歳からの人生でいちばん大切にしていること」は何ですか?
若い頃は毎日が当たり前だと思っていましたが、年を重ねると、踊れることも日常の時間も決して当たり前ではないと感じるようになりました。だからこそ、一日一日を大切に過ごし、今この生活ができていることに感謝しながら生きていきたいです。若い頃には気づけなかった日々のありがたさや、瞬間を大切にすることの大切さを、今はしっかり感じていますね。
ーー何かを始めたいけど迷っている同じ年代の女性へのメッセージはありますか?
年齢を重ねてから何かを始めるのは、不安を感じる方も多いと思います。私も30代でダンス留学をした時、「もう遅すぎるんじゃないか」と迷ったことがありました。でも、実際に行動してみると、それが香港で働くきっかけになったように、何歳からでも遅すぎることはないと身をもって感じました。
迷った時こそ、思い切って行動してみることが大切だと感じます。そして、もう一つ大事なのが、やりたいことや興味があることを恥ずかしがらずに周りに話してみること。
私も最初は恥ずかしくて言えなかったのですが、勇気を出して話してみると、周りの人が応援してくれたり、「それならこんな方法もあるよ」とアドバイスをくれたり、思いがけない情報をもらうことができました。
そうやって誰かに話すことで、物事が良い方向に進んだり、新しいチャンスにつながったりする経験をたくさんしてきました。もし今、一歩踏み出せずにいるなら、まずはその気持ちを誰かに話してみることから始めてみませんか。
プロフィール:松浦希実(まつうらのぞみ)
幼少よりバレエをはじめ昭和音楽芸術学院にてミュージカルの基礎学ぶ
卒業後は東宝芸能に所属しイベントや舞台等に出演、出演の傍ら昭和音楽大学附属バレエ音楽教室にてミュージカルダンス講師を務める
2009〜2017年東京某テーマパークにてショーやパレードに出演
退園後ニューヨークのブロードウェイダンスセンターBDCにダンス留学
2018年より現在、香港ディズニーランドのシアターショー”Mickey and the Wondrous Book”に出演中

ライター:プロフィール

著者:堀江知子(ほりえともこ)|香港在住ライター
民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ文化や社会問題についての取材を行ってきた。
2025年からは香港に移住しフリーランスとして活動している。noteやTwitterのSNSや日本メディアを通じて、アフリカの情報や見解を独自の視点から発信中。
出版書籍:『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法 Kindle版』。
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