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いい仕事は “遊び”から生まれるという法則【シェフ 市原沙織の衣食住遊学】

いつも元気で幸せそうなひとは、自分の周りに“楽しいこと”を育てる種をまいています。そんな魅力的な方にHummingなライフスタイルのトピックスを伺うシリーズ記事「わたしの衣食住遊学」。今回登場するのは、スウェーデンに移住し、ストックホルムのレストランでエグゼクティブシェフとして活躍する市原沙織さんです。


日常の好奇心が仕事のモチベーションとアイデアを生む

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PHOTO = Tove Henckel

スウェーデンを代表するトップシェフたちと肩を並べて活躍する日本人シェフの市原さん。さまざまな受賞歴をもち、ベストシェフを決定する「Årets Kock」と呼ばれるガストロノミーコンペティションでは、毎年審査員としても選ばれる実力の持ち主です。

スウェーデンのシェフたちが選ぶ「ベストなシェフ」のランキングでも、毎年上位に入るように、スウェーデンでは市原さんの創る料理に魅了される人が続出しています。

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感性豊かな彼女が創る料理は、日本人としてのバックグラウンドから得たアイデアとスウェーデンで学んだテクニックを織り交ぜた、独創的なノルディック× ジャパニーズキュイジーヌ。女性らしく繊細で、旬の素材の味を生かした一品は、市原さんがキッチンの指揮を取るファインダイニング「ICHI」で体験できます。

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華やかなキャリアをもつ一方、プライベートでは一児の母として奮闘中の市原さん。娘さんやたくさんの友人、同僚たちに囲まれて、シンプルで充実した日々を過ごしています。


「衣」

仕事ではこだわりのブラックコーデ、プライベートは色鮮やかに 

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PHOTO = Isak Berglund Mattsson-Mårn

1日のほとんどの時間をブラックのTシャツとパンツと靴、そしてエプロンをつけて過ごしています。私のレストランのシェフたちは、準備中はみんながこのスタイル。2年前に娘を出産してからは夜のレストラン営業時間に出る機会を減らし、新しい料理の試作と仕込みに従事しています。そのためレストラン営業中のユニフォームを着ることも少なくなり、このブラックカラーのスタイルで過ごす時間が一番長くなりました。

毎日のことなので「動きやすい!」が必須条件なのですが、何でもない全身ブラックでも好きなアイテムを身につけて気持ちが上がるようにしてます。
例えばTシャツは好きなブランドAcne Studios、パンツはセカンドハンドで見つけたパッチワーク風のものを、革靴は靴底のグリップがよくて厨房仕事に向いているDr. Martens。好きなものでも、丈夫で長く使えるアイテムを意識して選んでいます。

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その反動か、プライベートの服では一つどこかに色を加えるようなスタイルを好むように。数年前までは私生活も全身モノトーンカラーでミニマルなデザインのものを着ていました。でも娘が生まれてから、子供服のロリーポップみたいなカラフルな色合いに魅了されてしまって。色や柄の持つエネルギーや、それらが放つイメージやオーラっていいものだなと。

もちろん奇抜すぎると飽きがきやすいので、いいなと思ったもののなかでも、歳を重ねても長く着ることができそうなものを選ぶようにしています。ストックホルムの街中で見かけるおしゃれなマダムたちにインスピレーションを受けることも。「カラーアイテムをこんなふうに着こなせるポップなおばあちゃんになりたい!」と、自分でもびっくりするくらい思いきった色を買うこともあります。


「食」

“みんなと楽しく食べること”を通して、インスピレーションを得る

私が料理人として働きたいと思ったきっかけは、友人たちと食卓を囲んだときのあの雰囲気が好きで好きでたまらなかったから。だから食事はいつも誰かと一緒に楽しみたいですね。

今は2歳の娘と二人暮らしで、どうすれば娘が食べてくれるか・・・が毎食の課題として立ちはだかっていますが、それでも日々一緒に食事をする相手がいるのは幸せなことだと実感しています。

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娘の離乳食期には、いかにシンプルに野菜の味を凝縮させたピューレを作るかにはまり、その一部は気に入ってお店のメニューに反映させたこともあります。小さな身体のこと、環境のことをいつも考えて、材料選びをするように心がけています。


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PHOTO = Reiko Tsukue

春から秋にかけて、友人や同僚とアパートの中庭でバーベキューをすることも大好きです。いろんな食材を焼きながら、みんなでおしゃべりをしながらワイワイと賑やかに食べています。昨夏のBBQでは、ハーブオイルをたっぷり含ませて炭火焼きにした茄子がたまらなく美味しいことを発見して、お店のメニューに採用したりも。

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BBQパーティーでヒントを得て、茄子をアレンジしてメニューにしたもの。


友人を招いて一緒に食事をすることも大好きです。たいしたものを作るわけでもなく、簡単にさっと作って一緒に食べるだけ。でも結局それが一番美味しいんですよね。

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PHOTO = Magnus Skoglöf

お店で一生懸命アイデアを形にして料理を作るけれども、友人たちとのそんな食事を通して「原点」にかえるんです。「原点」とは、できるだけ無駄を削ぎ落としてシンプルでピュアなもの、ストレートに美味しいと感じられるものを作るよう心がけることです。

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娘の離乳食からアイデアを得たじゃがいもの変形版に、キャビアを合わせた一品。

私の食は、仕事のアイデアづくりといつも隣り合わせ。人が集まって、自分の好きな環境で一緒に美味しいと思えるものをシェアすることが、自分にとってはエネルギーとインスピレーションの源になるのだと思います。“遊ぶように仕事をしろ”とはよくいったもので、私は遊べば遊ぶほど、おそらくとてもいい仕事ができるような気がします(笑)。


「住」

古いものに手を加えながら作る、理想の住まい

1年半前に今のアパートに引っ越してから、自分で工夫をして手を加えることが楽しいと思うようになりました。アパートは1943年築で、スウェーデンのその時代に主流だったデザインの愛らしさが残っているのが特徴です。

引っ越した当時は子供部屋はボロボロで使える状態ではなかったため、友人の助けを借りて床や桟張り、壁塗りまですべてを初めて体験し、リノベーションをしました。

 

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〈左〉一から作り上げた子供部屋、〈右〉大型のシェルフを使い勝手よいサイズに。

 

リビングにあるシェルフは、スウェーデンのセカンドハンドのサイトで購入したもの。とても景色の良い豪邸に住むおじいさんから500kr(およそ¥7,000)とという破格の値段で買い取りました。

 

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大きくて四角かったシェルフを解体して部屋の形に合わせて、子供が落書きをしてもいいように一部分を黒板として使える塗料で塗ってみました。


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椅子も中古で購入したものに自分でペイントしたり、前のオーナーさんが置いていった寝室の電気の傘には、内側からドライフラワーをペタペタと張りつけてアレンジをしたり。

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もちろん新しいものや洗練されたデザインも素敵で魅力的ですが、私は古いデザインの良さにどうも心惹かれるらしく、さらに自分で手を加えたことで、ものがこんなに愛おしくなるなんて!と感じています。

ものが完成するまでの時間もひっくるめて愛おしく、それを思い出すたびに幸せな気分に。「弥桜(娘)がこの壁に油性マジックで落書きしちゃったからここを黒板にしようと思ったんだよなぁ」とか「子供部屋は近所の友人夫婦が快く床張りを助けてくれてなかったら、一体どうなってたんだろう」とか。

やりたいアイデアや欲しいものばかりが頭のなかで膨らんで、なかなか思うように時間をかけられないのが現実ですが、ゆっくり自分の思い描く住まいを作っていきたいです。


「遊」

自分の好奇心に忠実に

自然の中を散歩したり、ものづくりをしたり、ちょろっと楽器を弾いてみたり、ボルダリングやバレエ鑑賞に行ったり。そのときの気分が向くままに、フワッといろいろなことをして気分転換をしようと試みています。

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最近はまっていることは、ストックホルムの文化センターで見つけて、思わず購入してしまったカホンを叩くこと。楽しくて叩いているのに、スッキリもしちゃう優れもの。叩いて音を出すという行為は、多かれ少なかれストレス発散の効果があるようです。

 

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PHOTO = Tove Henckel

音楽を聴いたり弾いたり歌ったりは、気持ちが前向きになるから好きですね。職場でも、いつもジャンルを問わず音楽を流しながら仕事をしています。お店にはさまざまな国出身のスタッフたちがいますが、J-POPがかかればみんな口ずさみ、それはなかなか愉快な光景です。

 

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外でゆっくり過ごす時間も大好き。スウェーデンの冬は長く厳しいので、暖かい季節は外のベンチに座ってゆっくり過ごすだけでとても幸せを感じます。金曜日の帰宅後に、娘とフルーツを外で食べたり、コーヒーを入れたマグを持って中庭に出たり、友人とワイングラス片手にベンチで寛ぐのも至福のひとときです。


「学」

新しい学びで気付く、これからの自分の未来

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おそらく学校を出てからの14年間、学びは数えられないほどあったのですが、先日本当に「勉強」をする機会がありました。予習をして、授業を受けて、テストを受ける。いわゆる典型的な学生フォーマットの学びを、何十年ぶりに体験しました。内容は日本酒。WSETというロンドンに拠点が置かれたワイン&日本酒の教育機関による資格です。まだ合否の結果が出ていないのですが(笑)。

出産前まではお酒に弱いこともあって、料理人として恥ずかしいのですがなかなか興味が湧かずにいたんです。それが今になって突然、なんて美味しいんだろう!って。

 

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せっかくなのでもう少し知識を深めたいと思い、3日間のプログラムに挑みました。日本酒について、ある程度のことはわかっていると思ったら大間違いで、英語で記された教科書を開けてみれば、酵素分解のことから何まで辞書を引かなくてはまったく理解できない深い話で冷や汗が出ました。久しぶりに何かを暗記しようとしたり、必死で理解しようと頑張りました。

でもテストが終わった後は達成感もあり、なんだか気持ちがよくて。まだ勉強できるんだ、ということを改めて実感。


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ICHIをオープンしてから今年の10月で早5年になります。レストランを立ち上げるというプロセスのなかで間違いなく多くのことを学んできました。でも、料理を作り上げること、新しいものを作り出すこと、アウトプットすることに精一杯だった気もします。

この2年間でライフスタイルも仕事の仕方もガラリと変わり、これからどのように自分のキャリアと私生活を充実させていけるかが今、自分のなかで大きな課題となっています。


味はもちろん、スタイルやプレゼンテーションまで、とびきりのセンスの良さが問われるストックホルムという場所で、シェフとして確固たるポジションを築いている市原さん。今回の記事であらためて自身を振り返り「今後の自分のことを考える良ききっかけとなりました」という彼女の視線は、今だけでなく、しっかりと“これから”にも注がれています。遊びも学びも、美味しいものを創るというゴールにつながっている。その手が創り出す美しい一皿ひとさらを、いつか味わってみたいものです。

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Profile
市原沙織(いちはらさおり)
シェフ。1989年大阪生まれ。2008年辻学園調理製菓専門学校卒業。京都の料亭や大阪の老舗フレンチで修行を積み、2013年にスウェーデンへ移住。「Shibumi」、1つ星レストラン「esperanto」(2018年にクローズ)、2つ星レストラン「Oaxen Krog」など、ストックホルムのさまざまな有名レストランを経て、2017年にICHIをオープン。エグゼクティブシェフして活躍する。スウェーデン、そして日本人としてのバックグランドから得たアイデアを織り交ぜた独自の料理を提供。2015年Årets Kock(今年のベストシェフ)3位入賞、2017年Stella Galan 最優秀女性シェフ受賞など。彼女の率いる「ICHI」は、2018年にスウェーデン版ミシュランとも呼ばれるレストランガイド「ホワイトガイド」にて、新オープンレストランの最優秀賞を受賞。
https://ichisthlm.se
Instagram @saori705


TEXT = Miki Osako(kokemomo)

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