Humming♪

30代のキャリア迷子、意地でもクォーターライフクライシスを泳ぎ切る

Written by
花野みずき (はなの みずき)

 

 

「クォーターライフクライシス」という言葉を目にしたことがあるでしょうか?

 

私は最近知った概念なんですが、どうやらざっくり言うと30代前後に漠然とした不安を感じる現象らしいのです。

 

…うん、思い当たる節がありすぎる。

 

人生のあらゆる面において、”なんとなく不安”がありすぎる。

 

そして、私の場合は特に、キャリアについてモヤモヤすることが多く(というか基本常に)、何をやってもどこかしっくりこなくて、ずっと彷徨い続けています。

 

漠然と「レールから外れた」とか「ドロップアウトしちゃったな」という感覚が、猛烈に襲い掛かってくるというか、いつまでも「ちゃんとした大人」になれていない自分にずっと嫌気が差している感じがすごいんですよね。

 

 

おすすめ記事:「本当の自分」が分からない?迷ったときに思い出したい考え方

 

 

 

ゆるふわすぎる職歴がコンプレックス

 

30代前半にいる私。

 

周りの「キャリア」を見渡してみると、なんだかカッコイイ大人がたくさんいます。

 

そろそろいい役職についていたり、自分で何かプロジェクトを立ち上げて大きな実績をつくっていたり、あるいは部下を何人か束ねていたり。

 

かたや私は、新卒で入った会社は3年程度でうつ退職、その後はフリーランスライターをかじってみたり、1年弱派遣社員として事務員をしてみたり、まーふわふわ漂流している。

 

 

“友人の会社で正社員として働いてはいるものの、3年経っても手応えや強いやりがいを感じられず、「このままでいいのか」「自分に合う別の働き方があるのでは」と悩み続けている心境のまとめです。”

 

 

そして、最終的に漂着したのは友人のベンチャー企業で、会社という雰囲気が皆無な中で、ゆるゆると働いています。

 

一応、フルタイム勤務で扱いとしては正社員ですが、友だちの会社というのもあってか、世間一般のいわゆる「普通の正社員」とは違う気がしています。

 

しかもここでも、もう働き始めて3年は経つのに、未だに何かがしっくりきていません。

 

環境的にはとても気楽だけど、かといってバリバリやりがいを感じているわけではないし、会社に何か突出した推しポイントがあるわけでもない、でもとりあえずこの場にとどまっている、そんな感覚です。

 

「今の時代、なんかまだ知らない働き方があるのでは…?」とか「やっぱりフリーランスが性に合う気がするんだよな…」と、仕事の帰り道に、眉間にシワを寄せながら悶々と考える日も多々あります。

 

でも、ここまでの職歴も十分ふわふわしているのに、心の中ではさらに彷徨い続けているなんて、どれだけゆるふわ系職歴を重ねれば気が済むんだと、そういう自分がまた嫌にもなってくるわけです。

 

 

いつまでも子どもみたいなわがままを言ってるようで、胸を張れないんですよね。
適当に歩んできただけのような感じがして、この職歴にちょっとコンプレックスがある

 

勉強を頑張って、親にお金出してもらって県外にまで出て、それなりの大学に入ったのに、外国語学部でいろんな言語・文化に触れたのに、その学歴を活かしたキャリアは今までのところほとんどありません。

 

そういう引け目もあってのコンプレックスなのかも。

 

かと言って、じゃあ周りのみんなと同じよう、いわゆる普通の会社できっちりしっかり働いたり、社内政治も上手く渡り歩くみたいなことも、今さらできる気がしません。

 

「あーほんと、どうしたいんだろう私は」

 

そう漠然と、焦りは募る一方。

 

 

「何者でもない」現状が焦燥感を煽る

 

さらに追い打ちをかけるのが、何者にもなれていない感覚です。

 

周りを見れば、商社だの銀行だの業界がはっきりしていたり、システムを作ってるとか、営業で契約をもぎ取りまくってるとか、マーケを任されてるとか、採用担当してるとか、やっている仕事が明確な人がほとんどです。

 

自分の役割や界隈を、おおまかにでも「一言」で言い表せる。

 

「わたくし、こういう者といいます。こういうことをしています」と、名刺を出されればなんとなくイメージがつく。

 

かたや私は、業種も職種も一言では言い表せません。

 

商品企画もすれば、e-ラーニングもやるし、YouTube動画を作ったりもするし、直近ではヘルスケア系の事業を立ち上げているところで、ベンチャーの名に恥じなさすぎるくらい、事業のジャンルがバラバラです。

 

 

“語学を学んでいた学生時代には想像もしなかった実務や制度に向き合いながら、幅広く何でもこなしてはいるものの、専門性に自信が持てず、「結局は何者でもないのでは」と感じている葛藤を描いています。”

 

 

しかも超少人数の会社なので、全員が企画もマーケも販促も、法務も労務も会計もCSも…etc.ありとあらゆる業務を担っています。

 

外国語学部に入学したあの時の私は、10年後に、契約書を読み込んだり、税制の仕組みを一生懸命ググって理解しようとする日がくるなんて、これっぽっちも想像してませんでした。

 

でも、いろんなことをやっているからといって、それぞれのスペシャリストという訳でもありません。

 

正直、全部付け焼き刃。

 

分からないなら分からないなりに調べて、それらしい答えを導いて、オフロードをとにかくパワーで強引に進んでいるだけです。

 

よく言えば、なんでもできるオールラウンダーだけど、本当は「何者でもない」のが実態なんですよね。

 

 

「わたくし、こういう者といいます。こういうことをしています」という名刺が作れない、一言でご挨拶ができない。

 

久々に再会した友だちとの会話であるあるな「仕事、何してるの?」という何気ない質問も、私にとってはまるで面接の受け答えかのよう。

 

「どうやったら上手く説明できるんだろう…」と手に汗握ってしまいます。

 

 

整備されたレールじゃなくても、道は道

 

そんな感じでキャリアに大コンプレックスを抱えまくりな私ですが、最近ちょっとだけ違う捉え方ができるようになってきました。

 

人が増えたり社内の環境や体制が少し変わったことで、多少気持ちに余裕がでてきたのかもしれません。

 

相変わらずオフロードを強引に進み、ガタゴト揺られながらも、ぼんやり遠くの景色を眺めるように、自分のキャリアについても一歩下がって客観的に見えてきた感覚があります。

 

そして、ゃんとしたレールを諦めたことで、代わりに得られたものがたくさんあることにも、気づきはじめました。

 

 

“多様な生き方や働き方があると実感し、その中から他人任せではなく、自分の意思でこれまでのキャリアや選択を積み重ねてきたのだと気づいたことが大きな変化だと述べています。”

 

 

なかでも大きいのは、世の中には多種多様な道があると実感できたこと、そして、その中からちゃんと自分の意思で道を選べるようになったこと。

 

そもそも、ゆるふわだろうが何だろうが、ここまでの職歴は全部、自分で選びとってきたものなんですよね。

 

だって、うつで休職した後もどうにか療養して、元のレールに戻る選択肢だってあったんです。
同じ会社でなくても、別の会社でいわゆる「普通の会社員」に戻るチャンスだって、いくらでもあったはずです。

 

でも当時の私は「いくらレールが整備されてても、また車体を軋ませて走ることになったら嫌」だと、自分のために逃げることを決意しました。

 

フリーランスや派遣社員も、ただ会社を変えるだけでは根本が変わる気がしないと思ったから、自分に合う働き方を知るためにとった選択肢でした。

 

自分でやりたいと思って、自分のタイミングで始めて、辞め時も自分で下した。

 

今のベンチャーだって、何がどうなるか想像なんてまったくできなかった(今もこの先どうなるかあんまり見えてない)けれど、そろそろ心も癒えてきてエンジンをかけ直してみたい時期だったから、一つの経験だと自分で入ることを決めた。

 

学生の頃のように、目の前にお膳立てされたレールに無思考で乗っかるのではなく、あっちかな?こっちかな?と、自分の頭で考え、胸に手をあて、心の声に耳を傾け、自分の足で進むようになった気がします。

 

今の自分は、全て自分の選択でできている。
そういうことが、素直に飲み込めるようになってきた気がします。

 

だから、不満や不安が尽きない状況も、少しずつ「まあ、自分で選んだ結果だし」とか、「気に入らないなら、また違う道を探せばいいんだよ」と思えるようになっています。

 

あちこち漂流したからこそ、どこへ行ってもなんとかなること、人は簡単には野垂れ死なないから大丈夫だということを、身をもって知ったから。

 

 

ちょっと図太くなってきたのかも。

 

……いや、やっぱりこれも、ベンチャーのオフロードで揉まれたおかげかもしれません。

 

とりあえずあそこにたどり着くために、どの道でもいいから一旦進んでみる。
岩にぶつかったなら、今度は迂回路を探せばいい。
それだけの話、それの繰り返し。

 

そういうことを刷り込まれたので、自分の人生においても、同じように考えたらいいんだと思えるようになってきました。
足元の石ころばかり必死に見つめてぎゅーっと狭めていた視界から、ふわっと顔を上げた感じ。

 

整備されたレールだろうが、オフロードだろうが、道は道。

 

どんな道でも、ちゃんとどこかにはたどり着くから大丈夫。

 

そう思えるようになってから、いつまでもちゃんとした大人になれない後ろめたさも、ゆるふわすぎる職歴へのコンプレックスも、少しずつ和らいでいるような気がします。

 

なんだかいつの間にか、メンタル的にかなりパワーとスタミナがついたみたい。

 

だとしたら今度は、潮目に身を任せる漂流型から、自分でしっかりオールを握る航海型にもシフトできるかな。
なんならクォーターライフクライシスだって、スイスイ泳ぎ切れてしまうんじゃないかな。

 

最近の仕事帰りは、そんなふうに少しご機嫌モードが増え、眉間のしわもだいぶ浅くなってきたところです。

ライター:プロフィール

とにかく「言語化」することを軸に、自身のnoteを中心に活動するライター。
心や頭に浮かぶ漠然とした不安やモヤモヤも「言語化」にできると少し落ち着く。目まぐるしく変化する時代でも、地に足をつけていられるよう「ことば」でその道を照らしたい。


関連記事