今の自分にできることを、精一杯やる。それが結果、未来に繋がる。環境問題ドキュメンタリー『EARTHBOUND(アースバウンド)』制作秘話【Humming編集長永野舞麻】
ケニア・ダンドラのゴミ捨て場には毎日2000トンものゴミが運ばれ、そこには日本からのゴミも含まれています。「2050年には海の魚よりプラスチックの方が多くなる」と言われる今、環境問題は決して他人事ではありません。
深刻化する環境問題。一方で、世界には未来を見据え、具体的な行動で希望の種を蒔く人々がいます。
今回ご紹介する『EARTHBOUND』は、地球環境に真摯に向き合うチェンジメーカーをフィーチャーするドキュメンタリーシリーズの第1作。その主人公が、ケニアの女性起業家ンザンビです。
ケニアでは、プラスチックゴミの問題と未舗装の道路という2つの課題が長年続いています。ンザンビは、それを同時に解決するため、廃プラスチックを活用した舗装レンガを開発。コンクリートよりも強度が高く、軽量で低コストな舗装レンガを使い、街のインフラ改善に取り組んでいます。
WebマガジンHummingの編集長であり、『EARTHBOUND』の総合プロデューサーを務める永野舞麻。彼女がなぜ環境問題をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作したのか。映画に込めた想いや、舞台裏のストーリーを伺いました。
Contents
深刻な環境問題。だからこそ、主人公ンザンビが届ける希望の光
ー ンザンビの明るさが本当に素敵ですよね。私も2回拝見しましたが、ンザンビの前向きなエネルギーに惹きつけられました。
ンザンビの明るさは『EARTHBOUND』の大切な要素です。環境問題をテーマにした映画には、観た後に「もうこの世の終わりだ……」と感じてしまう作品も少なくありません。でも、問題の大きさに直面して「私には何もできない」と無力感を抱き、心も体もフリーズしてしまうのが一番よくない状態だと思います。
だからこそ、『EARTHBOUND』は観た後に「私にも、小さくても今日からできることがあるかもしれない」と思えるような作品にしようと思いました。
― 私は特にンザンビが森の中で踊っているシーンが好きでした。
あの森は、ワンガリ・マータイという女性が守った森なんです。ワンガリ・マータイは、ケニア出身の環境活動家で、アフリカで初めてノーベル平和賞を受賞した方です。妹と一緒に撮影のためにその森に足を運んだのですが、力強いエネルギーを感じる場所でした。
ンザンビが情熱を持って向き合っているのはプラスチック問題ですが、彼女の生きるエネルギーになっているのはダンス。だからこそ、この特別な森でダンスシーンを撮影することにしました。
― 舞麻さんがお気に入りのシーンを一つだけ選ぶとしたら、どのシーンですか?
ダンドラのゴミ集積場からプラスチックゴミを集め、それをレンガにして歩道を作る。一見、リサイクルが進んでいるように見えても、実際には膨大なゴミのほんの一部、1年間に捨てられるゴミの100分の1にも満たない量しか再利用できていないんです。ダンドラには毎日2000トンものゴミが運ばれているからです。そんな現実を目の前にし、「私の努力に意味はあるのだろうか?」と、ンザンビがお母さんに弱音を打ち明けるシーンがあります。
その時、お母さんがンザンビに語ったのは「燃え盛る森に、一滴ずつ川の水を運び続けたハミングバードになりなさい」という言葉でした。そして、「ワンガリ・マータイも世界中の木を守ろうとしたわけではなく、自分の森を大切に守ったよね」と続けるんです。そのシーンを見るたびに涙がこぼれます。
― 私も映画の中に出てきたワンガリ・マータイの言葉、「世界中の問題を解決しようとせず、自分の地域の問題を一つ解決すればいい。小さなことの積み重ねが違いを生む。」という言葉がすごく印象に残っています。
私は、何か一つでも、自分が大切だと感じることを取り組むことに意義があると思っています。
たとえば、莫大な資産があれば、新しいエネルギー発電の技術を開発できるかもしれません。でも、誰もがそれを実現できるわけではない。だからこそ、誰かの真似をする必要もなければ、誰かと比べる必要もありません。
プラスチックゴミを減らしたいなら、毎朝の水筒にペットボトルの水ではなく、ろ過した水道水を入れるとか、買い物に行くときはコットンバッグを持ち歩くとか。頭の中で「自分の出したゴミが他の国に輸出されている」と記憶しておくだけでも、日々の選択が変わってくると思います。何よりも、小さなことでも続けることが大切です。
環境問題を「見て」、前向きに向き合える作品を届けたい
―そもそも、どうして環境問題をテーマにした映画を作ろうと思ったのですか?
パンデミックがはじまった頃、「このままだと、あと10年で気候変動の転換点を迎えてしまう。そうなると、その後どんなに人間が行動を変えて気候変動を止めようとしても、もう止めることはできない」という話を妹から聞き、このまま個人でできることを続けるだけでは手遅れになると思いました。そこで、妹たちと一緒に、一般社団法人ハミングバードを立ち上げ、すでに環境問題改善に取り組んでいる方々の活動を広めることにしました。
最初に取り組んだのは、J-WAVEのラジオ番組での発信です。日曜日の朝に5分間の枠をもらい、世界各国で環境問題に取り組む人々を取材しました。
でも、「百聞は一見にしかず」というように、環境問題の深刻さを100回説明するより、実際に映像を見てもらうほうが伝わりますよね。たとえば、家族が突然病院に運ばれたと聞いたら、すぐに駆けつけるのと同じように、私たちが住む地球が危機的状況にあることを知れば、行動を起こす人が増えるはず。環境問題に対して、一人ひとりが今できることを考え、立ち上がるきっかけになればと思い、映画を作ることに決めました。
でも、最初は10分ほどのショートフィルムを想定していて、こんな大作を作るつもりはなかったんです。
― どうして45分のドキュメンタリー映画にされたのでしょう?
環境問題に取り組む人々の姿を映像で伝えるなら、単に情報を伝えるだけでなく、目を引く映像とストーリーがあるほうが、より多くの人の心に響くのではないかというのが監督のアイディアでした。
一度は「私が目指している方向と違うのでは?」と迷い、その気持ちを正直に監督に伝え、別の道を選ぼうとしたこともありました。でも、話し合いの後に監督が電話をくれて、改めて彼の熱意を語ってくれたんです。対話を重ねるうちに、「どうせやるなら思い切りやろう」と45分間のドキュメンタリーシリーズとして制作することにしました。
― シリーズで展開されていくのですね。
現在候補に上がっているのは、アルゼンチン、日本、スペイン、そしてインドです。全部で6つのストーリーを作る予定です。
ゴミ問題は世界共通の課題。ンザンビの魅力に惹かれダンドラへ
― ドキュメンタリーの第1弾としてプラスチック問題を、そしてケニアのダンドラを選んだ理由は何ですか?
ゴミ問題は、国や宗教、人種に関係なく、誰もが一目で理解できる問題だからです。
「今のペースでいけば、2050年には海の魚よりもプラスチックの数の方が多くなる」と言われています。環境問題の中でも、ここまで目に見えて深刻さが伝わるテーマは少ない。だからこそ、最初のエピソードでは、プラスチックゴミを中心に扱うことにしました。
そこで、ゴミ問題に関わる人々を十数人ほど取材し、その中で最もカリスマ性を感じたンザンビを主人公に選びました。
だから、ダンドラという場所を選んだのではなく、ンザンビのストーリーを伝えたいと思った結果、舞台がダンドラになりました。
― 映画の中で、ンザンビのお母さんが「メディアの興味は表面的だった」というお話をされていましたよね。映画の制作の話を持ちかけたとき、ンザンビや彼女のご家族の反応はどうでしたか?
最初の1カ月は断られ続けました。過去に取材を受けた経験から、メディアへの不信感があったのだと思います。それでも、監督が何度も電話をかけ、話を重ねることで、少しずつ私たちの熱意を理解してもらえました。
今では、撮影チームはンザンビのママのことを「ママ」と呼んでいます。彼女も「日本ってどんな国?」と興味を持って話しかけてくれたり、一緒にランチをしたり、オープンな関係が築けています。
腹の底から湧き起こる「楽しい」気持ちを大切に臨んだ映画撮影
ー ケニアでの撮影、大変だったことはありますか?
んー、特にないですね。すごく楽しかったです。あえて大変だったことをあげるなら、映画制作と子育てのバランスかな。私には3人の子どもがいるのですが、映画の制作時期がちょうどパンデミックの時期で、子どもたちの学校がお休みでした。当時はまだ3人とも10歳に満たなかったので「ママといたい」と泣く子どもたちを置いてケニアへ向かうのは葛藤がありました。
ケニアの首都ナイロビは音楽が盛んな街です。仕事が終わった後に、食事を兼ねて制作チームでクラブに行って音楽を楽しんだり、DJのいる野外スペースで踊ったり、映画制作の合間の楽しい思い出になりました。
― 何事も楽しむって大事ですよね。
私は何かを選択する時は、お腹の底から込み上げてくるワクワクした感覚を大切にしています。心の底から自分の選択を信じることができなければ、困難に直面したときに乗り越えることができないと思うからです。映画制作は自分の感覚を信じて決めたことなので、すごく楽しかったです。
そもそも、私は、自分の時間とエネルギーを、世の中がより調和のとれた場所になるために使いたいと考えています。環境問題、児童虐待、食育……、テーマにこだわりはないですが、自分の行動が「より良い未来につながっているか」は常に意識しています。
― 調和のとれた世界とは?
たとえば、プラスチックは環境負荷が高いと言われる一方で、医療現場では人命を救うために欠かせない存在です。「プラスチックは悪」と一括りにしてしまうのは危険だなと。
大切なのは、極端に白黒をつけるのではなく、必要なものは活かしながら、むやみに使わない選択をすること。人間と地球が共存できる道を探すことです。
環境問題をテーマにした映画を作っておいて、こんなことを言うのは意外かもしれませんが、そもそも環境破壊と呼ばれる現象も、人間の視点だからこそ「破壊」と捉えられているだけなのかもしれません。だって地球が誕生したばかりの頃は、今よりずっと高温で、人間が生きられる環境ではなかったですよね。地球や微生物にとって「温暖化」や「気候危機」は危機ではないかもしれない。誰にとっての「破壊」や「危機」なんだろうとよく考えます。
でも、私はこの美しい地球を未来の子どもたちのために守りたい。それは自分の子どもだけでなく、世界中の子どもたちのためです。
だからこそ、彼らが安心して生き続けられる環境を残すために、今の自分ができることを続けていきたいですね。
貧困、紛争…環境問題だけではない、目を向けるべき社会問題
― 『EARTHBOUND』の制作も、調和のとれた世の中を作るためのひとつ取り組みということですね。舞麻さんが環境問題に危機感を持つようになったのは、いつからですか?
高校生のときに、スイスに留学してからです。壮大な自然の中で暮らし、アルプスの山々に登ったとき、自然と共存することの大切さを肌で実感しました。
その後、環境問題に詳しい枝廣淳子さんの講義を受け、学びを深めました。一時は、「私が生きていること自体が環境破壊につながっているのでは」と思い詰めて、気持ちが沈んだ時期もありましたが、自宅にソーラーパネルを設置して太陽光エネルギーを活用するなど、まずは身の回りから持続可能な選択を増やしていきました。
― 自分なりに行動する段階から、今は環境問題を人に伝えるようになったんですね。
そうですね。でも、環境問題は決して単独で解決できるものではなく、貧困や紛争など社会全体の構造と密接に関係しています。だから今は、環境問題に限らず、自分が気になる社会課題にも積極的に働きかけたいと思っています。
― 『EARTHBOUND』では、環境問題以外にもメディアによる搾取や女性の活躍推進についても考えさせられる場面がありました。環境問題以外に、伝えたかったテーマはありますか?
起業家として活動する場合、欧米の白人男性と、アフリカの女性とでは、資金の流れがまったく異なります。同じように努力していても、得られる機会や支援には大きな格差がある。そうした現実にも焦点を当てたいと考えました。
映画の制作チームも、できるだけ多様性を重視して構成しました。プロデューサーにはアメリカ人の男性とケニア人の女性が1人ずつ。監督はイラン出身の男性。そして、このプロジェクトを立ち上げたのは、私たちアジアの女性。撮影スタッフの多くも現地のカメラマンや音声スタッフです。さまざまなバックグラウンドを持つ人々が関わることで、より多角的な視点を取り入れることができました。
また、映画制作に関わってくれた方々に、適正な報酬を支払うことも大切にしました。成功した映画のクレジットに名前が載ることで、「自分もこの作品に携わった」という実績が生まれ、新たな仕事につながるチャンスが増える。そうしたサイクルを生み出すことで、より多くの人に機会が巡る仕組みを作りたかったからです。
ー 製作総指揮は英俳優のオーランド・ブルームさんですよね!
そうなんです。実は、監督の友人とオーランド・ブルームさんがパパ友だったんです。
プロジェクトの構想が固まり始めた頃、オンラインでお話しする機会がありました。映画制作への想いを伝えると、「僕も2児の父として、特にプラスチック問題には強い危機感を持っている。ぜひ参加させてほしい」と言ってくれました。
「未来の子ども達のために、地球をより良い方向へ導きたい」。その想いを共有し、一緒に作品を作れたことは光栄でした。
「ビジネスが成長しているよ!」ンザンビからの喜びのテレビ電話
― 映画が完成したあと、ンザンビたちの反応はいかがでしたか?
とても感動してくれて、「素晴らしい映画に仕上げてくれてありがとう」と言ってくれました。
ニューヨークで開催されたカンファレンスに、監督と私が登壇することになり、その場にンザンビも招待しました。このカンファレンスにはアメリカの資産家や有力な投資家が多く集まっていたので、彼女にとっても良い機会になると思ったからです。ンザンビは映画の中と同じく明るい性格で、ニューヨークでも積極的に人と交流していました。映画を通じて、新たなご縁が生まれていたら嬉しいですね。
― 映画を通じて、ンザンビの会社や活動に何か変化はありましたか?
ありました!映画の撮影中にダンドラで出会った男性を、試験的にンザンビの会社で1年間雇うことにしたんです。資金はこちらでサポートしました。
彼はダンドラ出身で、地域の事情をよく理解している。彼のおかげで、ビジネスがさらに広がり、プラスチックを集めてレンガを作るだけでなく、リサイクル会社に販売する新しい事業もスタートしたようです。
先日、ンザンビとテレビ電話をしたとき、「今、ビジネスがこの段階まで成長しているよ!」と、興奮しながら話をしてくれました。映画をきっかけに、彼女の活動が前進していることを感じられて、本当に嬉しかったです。
映画を通じて、環境問題を自分ごととして考えられる機会を提供したい
― 数々の賞を受賞してきた『EARTHBOUND』がついに日本上陸ですね。
これまでは主にアメリカの映画祭で上映させていただきました。映画館で期間を設けて上映するのは日本が初めてです。日本では、2025年3月14~20日まで東京・下北沢トリウッド、3月15~21日まで大阪・第七藝術劇場で上映が決まっています。
― 今後は『EARTHBOUND』をどのように広めていきたいと考えていますか?
ヨーロッパでは、テレビ局に上映権を購入してもらうために販売活動を続けています。『EARTHBOUND』を世界各国のテレビで見ていただけるようにするのが目的です。
日本では、学校や企業で活用していただけたら良いなと。映画を見るだけではなく、ワークショップを組み合わせた上映会を行いたいです。
たとえば、映画を観た後に「自分が何を感じたか」を5分間ペンを止めずに書き続けるとか、今の自分にできることをみんなで話し合ったりとか。
映画を通じて、環境問題や社会課題を自分ごととして捉え、行動のきっかけを作れるような場を提供したいです。
― 最後に、これから『EARTHBOUND』を観る日本の皆さんに向けてメッセージをお願いします。
『EARTHBOUND』は、今地球で起きている現実を知ってもらうために作った映画です。
広大なダンドラの景色、ゴミを拾い続ける人々の姿、ンザンビたちの言葉。どこに心が動かされるのかは、人それぞれ違うと思います。もし、映画を観て何かを感じていただけたなら、その気持ちを映画を観た後すぐに書き留めてもらいたいです。スマートフォンのメモでもいいし、ほんの5行でも構いません。
そして、その言葉を日々の暮らしの中で思い出し、小さな行動につなげてもらえたら嬉しいです。
『EARTHBOUND』を観ていただける機会があれば、ぜひ先入観なく、オープンな心で向き合ってみてください。
『EARTHBOUND』上映情報
■東京会場
@下北沢トリウッド (https://tollywood.jp/)
上映期間:2025年3月14日(金)〜20日(木祝)
■大阪会場
@第七藝術劇場 (https://www.nanagei.com/)
上映期間:2025年3月15日(土)〜21日(金)

ライター:プロフィール

1987年東京生まれ。
大学卒業後、損害保険会社の営業事務を6年間経験。
その後、夫の海外赴任に帯同するため退職し、1年間インド・ムンバイにて海外生活をおくる。
帰国後は、「おうちで働く」を一つの軸に、ベビーマッサージの先生、Webデザインの勉強、物販のお手伝い、ブログ運営、様々なことに挑戦しながら、最終的に「ライター」の仕事に巡り逢う。
興味のある分野は、人の働き方・生き方、マインドフルネス、教育。推しはBE:FIRST。プライベートでは2児の母。