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言葉で想いを伝えながら、メイクの可能性を追い続ける【ヘア&メイクアップアーティストRyujiのIt’s My Story】

世界に名を馳せる写真家に見いだされ、『VOGUE España』のカバーをはじめラグジュアリーブランドの広告キャンペーンやショーなど、2000年代の欧米のクリエイティブな現場を経験。現在では「to/one(トーン)」のクリエイティブディレクターや、アーティスティックな作品展を行うなど活躍を続けるRyujiさん。これまでの軌跡、そして今だからこそ見えてきたメイクの可能性を伺いました。

Ryuji

メッセージを伝えることが、今求められている

これまで国内外で多数の化粧品ブランドの広告ディレクションを手掛け、ヘア&メイクアップアーティストの枠を超えて活動するRyujiさん。そして2022年に入り、新たな作品として形にしたのが“自分の意見を言葉に残す”・・・初めての著書のリリースでした。

「メイクって今までは“説明のいらないアート”で、それが美学だと思ってたんですが、メッセージを残すことがこれからは大事だな、と。
最近、記憶によみがえってきたのが、海外でお仕事をさせていただいていた30代の頃、大手化粧品メーカーのイベントがパリで開催され、その後のパーティーで同社の会長がクリエイターたちに語っていた『僕は君たちが何を語るかが大事なんだ』という言葉。その意味を、そのときはピンときていなかったけれど、今になってストンを腑に落ちたんです。技術とそもそもの考えが直結してないと、上っ面になってしまうんですよね」

Ryuji
『嫌いなパーツが武器になる』Ryuji 著/徳間書店

自分らしい個性を生かした、記憶に残るメイクとは?

トレンドを追いかけて、みんなが同じような顔を目指すといった、まだ少なからず残る“ユニホーム文化”を脱して、自分らしい個性を楽しむメイク。そんな提案を盛りこんだ著書『嫌いなパーツが武器になる』が上梓されました。

“真似をしないのが美しさの秘訣”“メイクは自分らしさを探すゲーム”など、前向きにメイクを楽しめる哲学やエッセンスにあふれています。“ルーティン化は劣化のはじまり”など、ハッとするような耳が痛い言葉も。

「ルーティン化は悪いことではないのですが、自分の顔を決めつけ、考えなくなることが怖いですよね。今の自分に合ったスタイルを見つけてバージョンアップしていくこと、記憶に残るメイクをいろいろ試して欲しいと思うから」

例えば、いつものアイラインを少し変えてみる、色をのせてみる、それだけで会話も生まれるし、自分もアップデートされるはず、とRyujiさんは語ります。

「TPOに合わせたりオンオフ、ギャップがあるのも魅力ですよね。正直たかがメイクなんですよ。失敗したら落とせばいいわけで、もっと自分の顔を楽しんでほしいですね」

そんなメイクに対するハードルを下げてくれる優しいメッセージは、気軽に試してみようというモチベーションを引き上げてくれます。

Ryuji

美容の世界へ。師匠と出会い、NY、そしてヨーロッパで羽ばたくまで

そもそもRyujiさんが美容に目覚めたのは中学生時代だったそう。当時流行っていた聖子ちゃんカットを参考に、同級生の女の子たちの髪をヘアアイロンで巻いてあげるのが楽しく、美容師になることを夢見るように。

「悩みもせずに美容師一択でした。学校を卒業後、地元の美容院で働いた後にメイクアップスクールに通い、そこで一生の師と出会いました」

スクールの講師の紹介で、当時パリから帰国したばかりでアシスタントを探していたヘアアーティスト井上浩氏に師事。

「80年代にパリの美容界で活躍し、『VOGUE Paris』(現在のVOGUE France)などを手掛けた本当に天才的な方。彼のアシスタントとして、ニナ リッチやシャネルなどのコレクションバックステージなど、衝撃的な毎日を経験をさせてもらいました」

独立して10年ほど経ったころ、尊敬していた師匠が突然亡くなり、目標を失ったというRyujiさん。師匠の仕事で一番憧れていたVOGUEのカバーをやりたいという一心で、海外へ旅立つことを決意しました。

クリエティブな作品が奇跡的な縁につながって

NYへ移住して1年ほどの2001年9月11日、同時多発テロ事件が起きます。

「仕事が全部ストップし、正直ひどい状況で。日本に帰ろうかと迷いましたが、まだ何も残せていない、これからというときだったので踏みとどまりました」

エージェントの紹介でミュンヘンやミラノ、パリなどヨーロッパでの仕事を少しずつ始め、大きな転機となったのが世界的に活躍する写真家アルバート・ワトソンとの出合いだったといいます。当時、リップにキャビアをのせたり、モデルの顔のパーツをフルーツに見立てた“フルーツシリーズ”という作品制作をしていたRyujiさん。
その作品がたまたま彼の目に留まり、一緒に仕事をしたいというオファーが届くという奇跡のような展開に。しかもエージェントがポートフォリオに連絡先を入れ忘れていたことから、NY中のエージェントに連絡して探してくれたのだとか。

 

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「『Ryujiのことをやっと見つけたんだよ』と、あとから聞きました。それが『VOGUE España』の10ページのファッションストーリーにつながるなど、僕にとって大きなターニングポイントになりました」

その後、サンテ・ドラジオ、ベッティナ・ランスなど名だたる写真家と仕事をする機会をつかみ、世界のクリエイティブな現場での活躍が続きました。

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2019年に開催した『RYUJI BEAUTY EXHIBITION FACE COUTURE “唯一無二の顔”を持つ女たち』より。

アーティスティックな感性を磨く。作品展や「snap make」を続ける意味

再び日本へ拠点を移して10年目の2019年にはRyujiさん発信のビューティエキシビションを開催。セレブリティをモデルに、数名のフォトグラファーとコラボレーションしてメイクアップの可能性を表現した作品展「FACE COUTURE」が話題に。

「アルバート・ワトソンの写真展に、一緒に仕事した作品が出品されていたのを知って感動して。メイクアップは撮影を終えると落としてしまうものだけど、壁に飾ってもらえるアートにもなるんだな、と。こうして作品として残すことにも意味があるんだと感銘を受けて、それが作品展を企画し、ライフワークとして続けていくきっかけになりました」

昨今、新たに挑戦しているのが「snap make」と題した活動。コロナ禍のなか、散歩の途中で気になる風景をスナップし、そこからインスピレーションを得たメイクをインスタグラムにアップする表現です。

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写真という概念の問題提起も兼ねて「snap make」と名付けた作品群を自身のインスタグラムに投稿。

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「職人さんと一緒で、メイクアップの技術や感性を日々磨いていたいんですよね。コロナで撮影がストップしたのをきっかけにトレーニングの意味で始めたのですが、意外に好評で(笑)。今後も機会を見つけて作り続け、何らかの形で発表できたらと思っています」


それからもう一つ、「最近は完璧に仕上げるのではなく“隙間”を残すメイクアップを心掛けているんですよね」と今の想いを教えてくれました。どんなに技術を高めても、そこにメイクをまとう人のムードをプラスしないと、美しくは見えないと気付いたのだそう。

「やはり、自分が可愛くなりたいって思いながらメイクしている人には、かなわないですよ」と前置きしつつ、受け入れてもらう余白を作って、そこにその人の気分や表情、ハッピーな感情をのせていきたいという考えに着地したのだそう。「個性」が上乗せされて、初めて完成するメイク。「それが一番やっていて難しいし、楽しいです」とうれしそうに笑いました。


クリエイティブな現場を数多く経験し、メイクの可能性を追求してきたRyujiさん。彼が続ける、個性を引きだすという挑戦。私たちも自分の個性を探して、日々のメイクをもっと気軽に楽しもうという勇気をもらえます。

Ryuji

Profile
Ryuji(りゅうじ)
ヘア&メイクアップアーティスト。東京でフリーランスとして活動した後、2000年に渡米。ニューヨークを拠点に、VOGUE、ELLEなどのファッション誌や広告、CMを中心にアメリカ、ヨーロッパ各国で活躍。Albert Watson、Sante D’Orazio、Bettina Rheimsなど著名な写真家とコラボレートした作品も多い。2009年より東京に拠点を移し、著名人のヘア&メイクのみならず、化粧品メーカーの開発アドバイザーや、グローバルに展開する美容室グループのクリエイティブディレクターを務める。メイクアップを駆使した写真やインスタレーションの作品展を開催するなど、アーティスティックな活動も多い。
Instagram @ryujimake


TEXT = 菅原絢子
PHOTO = 松木宏祐

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