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ウクライナの壊れたダム跡に広がる巨大な森――命の復活か、それとも危険な時限爆弾か?

Written by
堀江知子(ほりえ ともこ)

Photograph: AP

 

 

今も続くウクライナ戦争で、巨大なダム湖が消滅したことをご存知でしょうか。2023年にダムが破壊され、水が引いた後、残されたのはひび割れた泥の土地でした。しかし、そこから信じられないような出来事が起きています。わずか2年で、その場所には新しい森と命が驚くほどの速さで復活しているのです。

 

これは、自然の持つ力がどれほど強いかを証明する「大きな実験」だと、科学者たちは注目しています。ただ、この美しい復活の裏には、環境を脅かす深刻な問題も隠されているのです。

 

ウクライナ南部にあるノヴァ・カホフカダムは、2023年に壊されました。その結果、それまで水で満たされていた場所は干上がり、地面がむき出しになりました。ところが2年たった今、その場所には信じられないくらい豊かな自然が戻ってきています。新しい森が広がり、多くの動植物が戻ってきたのです。でも、その未来はまだはっきりしていません。回復した自然が今後どうなるのか、まだ誰にもわからないのです。

 

 

かつての湖が大地に戻った

 

この場所はもともと、ヨーロッパ最大の川であるドニエプル川にできた巨大なダム湖でした。1956年に旧ソ連がこのダムを作ったことで、豊かな自然や文化の場所は水に沈んでしまいました。

 

しかし2023年、戦争の中でこのダムが破壊され、水が大量に流れ出しました。その洪水で多くの村が壊され、たくさんの人が被害を受けました。さらに、100万人以上の人が飲み水を失う事態にもなりました。

 

その後、水が引いて干上がった湖の跡地には、ひび割れた土や水に住んでいた生き物の殻が散らばっていました。でも、驚くことにそこにはたくさんの新しい木や植物が育ち始め、今や広大な森ができています。

 

 

自然の力が自ら生き返る「大きな実験」

 

科学者たちは、この場所で起きていることを「大きな自然の実験」と呼んでいます。人の手によって作られたダムが壊れたことで、自然がどのように復活するかを実際に見ることができるからです。

 

ウクライナの環境保護グループの専門家によると、元のダム湖だった場所に、ヤナギやポプラの木がどんどん生えています。川の水も戻り、絶滅が危惧されていたチョウザメ(高価なキャビアを産む魚)も戻ってきました。イノシシや他の哺乳類も新しい森に姿を見せているのです。

 

この変化はとても速く、地元の村に住む人々は、今や家の目の前に美しい森が広がっているのを目にしています。かつて湖だった場所に森が広がるなんて、想像できない変化ですよね。

 

 

Photograph: Vincent Mundy

 

 

自然の復活はヨーロッパでも特別な出来事

 

この自然の復活は、単なるウクライナだけの問題ではありません。ドニエプル川のこの部分は、ヨーロッパでも最大級の淡水湿地(川や湖のまわりの湿った土地)が形成されるかもしれないと期待されています。

 

専門家は、この場所を復元できれば、ドナウ川デルタに匹敵する生物多様性(いろんな動植物がいること)を持つ場所になる可能性があると話しています。これは自然環境の回復において、ヨーロッパ全体にとっても重要な意味があります。

 

 

でも、まだ安心はできない――「時限爆弾」の危険も

 

この美しい森や湿地ができている一方で、心配なこともあります。

 

昔から工場や農業などのせいで、この地域の川や土には重い金属などの有害物質がたまっていました。こうした毒は、長い間ダムの底に沈んでいて、普段は大きな問題にはなっていませんでした。

 

しかし、ダムが壊れたことで、こうした汚染物質が川や土地に広がり始めました。これらの有害物質は、水や土を汚し、植物や動物を通して人間の体にも悪影響を及ぼす恐れがあります。

 

例えば、がんやホルモンの異常、肺や腎臓の病気の原因になることもあり、特に食べ物の中で濃縮されると大きな問題になります。

 

 

現地での調査が難しい理由

 

今のところ、この地域は戦争の影響で立ち入りが危険だったり、地雷が残っていたりして、詳しい調査や研究がなかなかできません。

 

そのため、どのくらい毒が拡散しているかや、自然がどこまで回復しているかはまだよくわかっていないのです。

 

 

Photograph: Vincent Mundy

 

 

自然回復のチャンスをどうする?

 

ウクライナの環境グループは、この場所を自然のまま回復させるべきだと考えています。もしそうすれば、広大な自然の森や湿地が残り、多くの動植物が安全に暮らせる場所になるでしょう。

 

しかし、ウクライナの電力会社は、壊れたダムをまた建て直そうとしています。そうすると、この若い森や湿地は再び水に沈み、壊されてしまいます。

 

専門家は「ダムを再建することは、この新しい自然を破壊することだ」と強く警告しています。彼らは、この場所の自然を守ることがウクライナの未来を守ることになると信じています。

 

 

環境と文化の未来がかかっている

 

この地域は生態系としてだけでなく、ウクライナの歴史や文化にも深く結びついています。自然を守ることは、ウクライナの独立やアイデンティティを守ることでもあるのです。

 

また、この地域はヨーロッパの自然保護ネットワークにも含まれており、ウクライナだけでなくヨーロッパ全体が注目しています。

 

 

新しい命のリズム

 

今、ドニエプル川の周りでは、小鳥たちが戻り、川の浅瀬でチョウザメが産卵を始めています。かつての自然のリズムがゆっくりと戻りつつあるのです。

 

「この場所で何が起こるか、まだ完全にはわからないけれど、自然は驚くほど早く回復している」と研究者は言います。

 

 

まとめ

 

ノヴァ・カホフカダムの破壊は、たくさんの人の生活を奪い、大きな被害をもたらしました。しかし、その後に見られる自然の復活は、科学者たちにとって非常に貴重な「自然の実験」となっています。

 

これからの課題は、有害物質の問題にどう向き合い、この新しい自然をどう守っていくかです。

 

この地域の未来はまだ不確かですが、もし守り抜くことができれば、ウクライナだけでなく世界にとってもかけがえのない自然の宝となるでしょう。

 

 

参考記事:https://www.theguardian.com/environment/2025/jul/22/in-a-bombed-out-reservoir-ukraine-huge-forest-grown-a-return-to-life-or-toxic-timebomb

ライター:プロフィール

著者:堀江知子(ほりえともこ)|香港在住ライター

民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ文化や社会問題についての取材を行ってきた。

2025年からは香港に移住しフリーランスとして活動している。noteやTwitterのSNSや日本メディアを通じて、アフリカの情報や見解を独自の視点から発信中。

出版書籍:『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法 Kindle版』。

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