
私たちは、ふと目にしたニュースに心が重くなったり、暗い話題に引きずられがちです。でも、視点を少し変え、私たちの暮らしに身近な場所、「水」や「自然」に目を向けると、実は今、世界中で静かに、そして力強く、ポジティブな変化が起きていることをご存知でしょうか?
遠い海の向こう、アメリカの巨大都市シカゴで、人々の意識と行動が100年以上失われていた都市の宝をよみがえらせました。その宝とは、かつて「汚くて、誰も見向きもしなかった」川。私たち一人ひとりの小さな選択が、未来を変える大きな力になる。今回は、そんな心が温まるストーリーをお届けします。
“世界中で暗いニュースに心が沈みがちな中、100年以上汚れて放置されていたシカゴ川が、人々の意識と行動によって再び命を取り戻したように、私たち一人ひとりの小さな選択が自然をよみがえらせる大きな力になることを示すストーリーです。”
中国の長江、フランスのセーヌ川、そしてアメリカのシカゴ川。かつては、生活や産業の利便性を最優先し、汚水を垂れ流すことが当たり前でした。川は、ただの「排水路」で「見えないもの」として扱われていたのです。
鉄道が発達する前、シカゴは船での物流が主流だったため、川は貨物輸送のために運河化されました。川底は掘り起こされ、岸辺は鋼鉄のパネルで囲まれました。これにより、川辺の植物や野生生物の住処は一夜にして消滅。残ったのは、汚染に強いわずかな魚種だけが細々と生きる「巨大な金属とコンクリートの排水路」でした。
あらゆる廃棄物の捨て場所となっていた当時のシカゴ川の悪臭と汚染は、私たちが想像する以上です。シカゴの歴史的建造物の多くが、「川に面した窓がない」という事実は、当時の状況を如実に物語っています。
問題は、ただ汚いということだけではありません。人間の排泄物に含まれる糞便性大腸菌群は、様々な病気の原因となります。さらに、窒素やリンといった過剰な栄養分が水に流れ込むことで、他の生命を窒息させてしまうのです。川は、文字通り「生命を奪う場所」となっていました。

Kayakers on the Chicago River – credit Jrrugg94, CC 3.0. BY-SA
この絶望的な状況を変える大きな転機となったのが、1972年に成立したアメリカの「クリーン・ウォーター法」。この法律は、許可なしの廃棄物の投棄を禁止しました。「排泄物を川に流すのをやめる」という、極めて基本的な一歩が、川の再生の土台となったのです。
さらに行政と市民は惜しみない努力を重ねました。豪雨の際に下水が川に溢れ出すのを防ぐため、下水貯蔵システムを近代化する壮大なプロジェクトに、何百万ドルもの公的資金が投じられました。
“シカゴ川は排泄物や汚染物質で「生命を奪う場所」と化していたものの、1972年のクリーン・ウォーター法と行政・市民の継続的な取り組みによって再生への大きな一歩が踏み出された。”
さらに、市民の草の根の活動も大きな力となりました。Urban Riversのような非営利団体(NPO)は、野生生物を助けるために立ち上がりました。彼らが作った「ワイルド・マイル・エコパーク」は、鋼鉄のパネルで囲まれた川に、浮遊式のトレイルを設置することで、水中生態系のための巨大な浮遊システムを創り出しました。
そして今、その努力は目覚ましい成果となって現れています。かつて最低5種しか確認できなかった魚類は、なんと77種にまで激増。スナッピング・タートル(カミツキガメ)や淡水ムール貝が川に戻ってきています。
最も感動的なニュースは、シカゴ川が100年以上ぶりに市民に水泳を許可する日が目前に迫っているということ。川は「汚染源」ではなく、「生命を育む場」へと大きな変化を遂げたのです。
“100年以上汚染されていたシカゴ川が市民が泳げるほどに回復し、周囲の土地価値や都市の活気まで取り戻した事例は、私たち一人ひとりの意識と行動が深刻な環境問題をも未来へと好転させる力を持つことを示している。”
汚染がなくなり、悪臭が消えた川沿いの土地は、新しい価値を生み出し始めました。川の支流沿いでは、不動産がブームとなり、古い工業団地だった場所は、オフィスや音楽会場に生まれ変わっています。川が、人々に安らぎと散歩の場を提供し、都市に活気と命を吹き込む役割を取り戻したのです。
このシカゴの物語は、遠い異国の話ではありません。私たち一人ひとりが環境に対する意識を少し変えて協力し、法や技術、そして何よりも「自然を取り戻したい」という強い意志を持つことで、どんなに深刻な問題でも解決できることを証明してくれているのではないでしょうか。
参考記事: https://www.goodnewsnetwork.org/chicago-river-follows-the-seine-to-become-biodynamic-and-swimmable-once-again/

ライター:プロフィール

著者:堀江知子(ほりえともこ)|香港在住ライター
民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ文化や社会問題についての取材を行ってきた。
2025年からは香港に移住しフリーランスとして活動している。noteやTwitterのSNSや日本メディアを通じて、アフリカの情報や見解を独自の視点から発信中。
出版書籍:『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法 Kindle版』。
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