「アイデアガーデン」が持つ秘密の力
「木を植えるのに一番良い時期は20年前。二番目に良いのは今だ」——この中国のことわざを、どこかで聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。確かに前向きなメッセージではあるけれど、「20年前に逃したチャンス」と「今しかないこの瞬間」の二択しかないような、少し窮屈な印象も受けます。現在目の前にあるチャンスや、人生のあゆみというのはもっと複雑なものではないでしょうか。
だからこそ、私は「アイデアガーデン」という静かで素敵な新しい習慣が大好きです。これは、自分のアイデアや目標のために専用の庭のようなスペースを作り、植物を育てるようにゆっくりと育てていくというもの。特に、冬から春にかけての「再生」や「新しい始まり」といった気分にぴったりな過ごし方です。
アイデアガーデンの本質はとてもシンプル。アイデアをためておき、ときどき見直すための場所をつくること。それが進化して、より明確な形になっていくのを見守ります。物理的な引き出しや箱、ファイルでもいいし、パソコンのフォルダやスマホのメモアプリなど、デジタルな場所でもかまいません。大事なのは、アイデアが自由に流れ込んでくるための入口をつくること。できればその場所は、自分だけの「聖域」のようにしておくのがおすすめです。誰にもジャッジされない、あなただけの静かな世界にすることで、アイデアを守り、安心して育てることができます。
そして次は、種をまく番。イメージ、言葉、新聞の切り抜き、写真、メモ、インスピレーションを与えてくれるあらゆるものを、そこに入れていきましょう。そういったものには、今はまだ小さくても、いずれ大きく育つ可能性がある「芽」が隠れているかもしれません。それが目標のためでも、美的なものでも、概念的なものであっても、あるいはその全部でもいい。あなたが「これは種だ」と思うものは、すべてアイデアガーデンにぴったりの種です。
アイデアガーデンの育て方
どんな種を植えたらいいのかわからない?あまり深く考えすぎないでください。実は、「何を入れるべきか」を考えすぎないほうが、いいアイデアが浮かびやすいんです。
自分の身のまわりを見渡してみてください。どんなコンセプトが心に引っかかりますか?そして、なぜそれが気になるのでしょう?よく使う言葉は何ですか?その言葉を使うとどんな気持ちになりますか?やりかけのプロジェクトを完成させたくなるようなモチベーションになる言葉は?自然の中で感動する瞬間は?何度も読み返してしまう記事や本は?それらがあなたの中でどんな感情を呼び起こすかに注目してみてください。
こうした問いに向き合うことで、あなたのアイデアガーデンに植えるのにぴったりな「健やかで豊かな種」を見つけるヒントになります。
どんなものであっても、どこから来たものであっても、その種はあなたの心の奥をワクワクさせるものであるべきです。そして、頻繁に頭に浮かんできたり、「大切に育ててみたい」と思えるものであること。現実の種と同じように、それがどんな風に育つか想像できたり、可能性を感じられるものを選びましょう。その種がどんな花を咲かせるのか、実をつけるのかを思い描くだけでも楽しくなるようなものであることが理想です。
中には、どうしてその種を選んだか説明が長くなるものもあるかもしれません。でも「なんとなく気になったから」という理由でも十分です。大切なのは、自分の直感を信じて選ぶこと。なぜその種を選んだのかを自分なりに理解していれば、それでいいのです。
よい種がいくつか見つかったら、それをガーデンに植えていきましょう。日付を入れたり、ラベルをつけたりして、自分があとで見てわかりやすいように分類しておくと便利です。実際の庭と同じで、どこに何が植わっているかを把握しておくことが、後でそれらを育てていくうえでとても重要になってきます。
アイデアガーデンの提唱者のひとりであり、作家でもあるチャーリー・ギルキーは、「なぜあなたにはアイデアガーデンが必要なのか」という記事の中で、デジタルフォルダを作り、その中に「種」を植えたときの自分の考えを簡単にまとめておくようにしていると書いています。
彼が記録した種の一例が「アイデアを熟成させることと、それにこだわりすぎることの間にある緊張感」というテーマです。このテーマについての短い文章を保存しておき、その中で「アイデアを早く出しすぎると深みがなくなる。でも、抱えすぎると力を失い、忘れ去られてしまう。どのタイミングで放つかを見極めることが大切だ。というのも、すばらしいアイデアは社会的な産物だから」と綴っています。
ギルキーにとって、このアイデアは頭の中で長い間考えていたもの。でも、それを言語化し、アイデアガーデンでじっくり育てることで、初めてその種がどんな芽を出すかが見えてきたのです。
つまり、まずはガーデンの準備をして、種を見つけて、植えることから始めるのです。
でも、それはまだ始まりにすぎません。
アイデアガーデンを育てる
すべての種をアイデアガーデンに植え終えたら、それをアクセスしやすい場所に置いておきましょう。ただし、あまり手の届くところに置いて、つい見てしまわないように。理想は、陽の光が差し込むような美しい場所。でも、デジタルで管理している場合は、そこまで気にしなくても大丈夫です。普通の庭と同じで、邪魔にならず、でもちょっと手を伸ばせば届く場所にあるのが理想です。
そして次にすることは…ガーデンから距離を置くこと!植えた種はしばらくそっとしておきましょう。脳がそれを自然に熟成させるのを待つのです。意識的に見たり、いじったりせず、1ヶ月くらいは放置してみてください。そのあとで改めて見返してみると、アイデアの見え方がまるで違っていて驚くと思います。中には、もはや魅力的に感じなくなっている種もあれば、逆に以前よりも強く輝いて感じられる種もあるはずです。
次は水やりの段階に入ります。まずは、定期的にガーデンを訪れて種に向き合う時間をスケジュールしましょう。週に1回、2週間に1回、月に1回など、自分にとって負担にならず、ワクワクする頻度でOKです。植物と同じで、コンスタントなケアが必要です。
最初の水やりの日には、メモを取れるものを用意しましょう。ノートパソコンでも、ノートでも、付箋でも構いません。最初に種を記録したものと同じものを使うのが理想です。まずはその日の日時を書き、種を一つずつ確認して、それについて自由に書いたり、クリエイティブなアイデア出しをしてみましょう。
やり方は自由です。チャーリー・ギルキーのように、種に関するドキュメントをどんどん膨らませていってもいいですし、その種にイメージできる写真のコラージュやスケッチを作ってもいいのです。集めたオブジェクトなどを水やりの成果としてガーデンに残すのも効果的です。
中には、あまり気が乗らない種もあるかもしれません。その場合は、次回までスキップしても、放置しても大丈夫。大切なのは、自分の中で育っている種を少しずつ追いかけていくことです。
このプロセスを繰り返していくと、アイデアガーデンは本物の庭のように進化していきます。すぐに芽を出してぐんぐん育つ種もあれば、なかなか動きがないものもあるし、長い間眠ったままになるものもあります。ある時点で、新しい種のために古い種を抜いてしまうこともあるでしょう。
でも、どんな形にせよ、アイデアガーデンは常に生きていて呼吸するような存在。あなたの変化し続ける思考とともに成長する、小さなライブラリーになります。水やりのたびに、その成長を確認できる場所です。
もしあなたが望むなら、「収穫のとき」を設けて、育った種とそこから生まれたコンテンツを実際のプロジェクトや活動に移行させてもOKです。または、育成のプロセスそのものを創作のインスピレーションとして使ってもいいし、まったく新しいアイデアガーデンを始めても構いません。
大事なのは、あなたのペースで、あなたらしい方法で、アイデアと向き合い続けることです。
なぜうまくいくのか
ギルキーにとっては、最初のアイデアが「種」になり、それが記事へと成長しました。そしてその記事は「完成した投稿」フォルダへと保存され、役目を終えました。しかし、アイデアガーデンが生み出す果実は、人それぞれ、ガーデンそれぞれ、アイデアそれぞれでまったく異なります。その可能性はとても力強く、無限大。まるで実際の庭と同じように、愛情と手間をかけることで、創造的な成果が生まれるのです。
では、なぜアイデアガーデンはこんなにも効果的なのでしょうか?
それは、「構造」「準備」「熟成」という、創造のプロセスにおいて重要な3つの要素を活用しているからです。
まず、アイデアガーデンには明確な構造があります。柔軟性を持ちつつも、自分でデザインするため、一度コンセプトが固まれば、継続しやすく実行しやすい形になります。
次に、ガーデンを準備する時間が必要です。実はここが一番大変なステップかもしれません。種(アイデア)を集める作業には、少し労力が必要です。でもそれさえ終えれば、あとは熟成の時間に入ります。つまり、最初に蒔いた種を焦らず育てる期間が始まるのです。大きなプレッシャーもなく、既にあるベースに少しずつ加えていくだけでいいのです。
近年、クリエイティブな分野ではアイデアガーデンという考え方が広まりつつあります。果たしてこれは一過性の流行で終わるのか?それとも定着していくのか?――そう問いかけたくなるほど、アイデアガーデンは深く、優しく、そして創造性に満ちたプロセスです。
私にとっては、安心してアイデアと向き合い、自由に試行錯誤できる大切な場所になりました。新しいアイデアが芽を出し、育ち、広がっていくハブのような存在です。
物理的な庭と同じように、アイデアガーデンも「自分にとって心地よいスタイル」でなければなりません。でも、そのスタイルがピタッとはまったとき、本当に魔法のような時間が生まれるのです。
