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【映画レビュー】ドキュメンタリー『Daughters』を観て、触れること、愛すること——父と娘の再会がもたらす癒し

Written by
條川純 (じょうかわ じゅん)

 

父親であることの意味とは?――それが刑務所の中の父親である場合、その意味はどう変わるのでしょうか。

 

ドキュメンタリー映画『Daughters』は、この問いに深く、感情豊かに迫ります。

 

この作品の中心にあるのは「Date With Dad(父とのデート)」というプログラム。これは収監中の父親たちに、娘とダンスするイベントに参加できるようにするものです。多くの父親たちにとって、数年ぶりに娘を抱きしめたり、目を見て話すことができる貴重な時間になります。

 

しかし、この感動的な再会の裏側には、見過ごせない現実があります。アメリカでは、黒人男性が圧倒的に高い割合で収監されており、これは社会的・制度的な根深い問題です。

 

貧困が世代を超えて続き、極端に与えられるチャンスが少ないコミュニティでは、生き抜くために難しい選択を迫られることがあります。多くの黒人男性たちは、「家族を守り、養うためには法を犯すしかない」というメッセージに囲まれて育ちます。彼らがその行為は悪いことだと知らないわけではありません。ただ、多くの場合、それが唯一の選択肢のように感じられてしまうのです。

 

『Daughters』が映し出すのは、ただの「父親」ではありません。

 

それは、娘たちのために、そして自分自身のために、その物語を書き換えようとしている「ひとりの人間たち」の姿です。

 

この映画は、人生における3つの重要な真実を浮き彫りにしています。

 

第一に、娘と父親の関係は、娘の情緒的な発達において土台となるものです。

 

第二に、癒されないまま親から子へと受け継がれる世代間のトラウマは、人を壊してしまう可能性があります。

 

そして第三に、人との触れ合いは、つながりや癒し、成長に欠かせない本質的なものだということです。

 

物語は、服役中の父親との関係にそれぞれ複雑な想いを抱える4人の少女たちを追います。

 

 

物語は、服役中の父親との関係にそれぞれ複雑な想いを抱える4人の少女たちを追います。

 

最初に登場するのは、5歳のオーブリー。ある夜、彼女が眠っている間に、30人もの警官が家に押し入り、父親を逮捕しました。オーブリーはその場面を目撃していませんが、目を覚ましたときには、父がいないという現実だけが残されていました。

 

部屋の壁には、彼女が努力を重ねて獲得したカラフルな表彰状がずらりと並んでいます。父から「頑張り続けなさい」と励まされてきた証ですが、それは同時に、彼の不在を常に思い出させる存在でもあります。オーブリーは無邪気に跳ね回り、笑顔で「パパは私が知っている中で3番目に強い人」と誇らしげに語ります。彼女は「7年後に戻ってくる」と信じています。希望に満ちたその瞳の奥には、父の罪の重さをまだ理解しきれていない、静かな悲しみが宿っています。

 

次に登場するのは10歳のサンタナ。彼女の痛みは、煮え立つように強く、言葉にもその強さがにじみます。

 

「パパのせいで泣くのはもう嫌。私が選んだことじゃない。」
「次にまた刑務所に入ったら、もう涙は流さない。」

 

彼女の父は、彼女の人生のほとんどを通して、刑務所と外を行き来してきました。その不安定さが、サンタナの心を硬くしてしまったのです。彼女は拳を握りしめながら歩き、母親がいつも怒っていると話します。サンタナは怒りを鎧のようにまとい、現れないかもしれない父への期待から自分を守っているのです。

 

 

続いて11歳のジャアナ。彼女は生まれる前から父が収監されており、会ったことがありません。

 

「顔も覚えてない。何も知らない。」

 

無表情でそう語る彼女の言葉は一見冷たいように聞こえますが、その奥には別の種類の喪失感が潜んでいます。――不在から来る喪失ではなく、「最初から失うものすら持っていなかった」という感覚です。

 

最後は15歳のラジア。彼女は父を恋しく思っています。ベッドに横たわりながら目には涙を浮かべ、「たった15分の通話しか許されないのはおかしい」と不満を漏らします。父の不在は彼女の心の健康に大きく影響しており、ある場面では、母に「もう生きていたくない」と打ち明ける場面もあります。

 

4人の少女たちは、それぞれ異なる形で、父の不在という重荷を背負っています――希望、怒り、無感覚、そして深い悲しみ。

 

『Daughters』は、単なる「刑務所」と「親子」のドキュメンタリーではありません。
それは、愛、触れ合い、そしてつながりが、どれほど人間にとって不可欠なものであるかを静かに、しかし力強く語る作品です――とくに、それらが欠けている時にこそ。

 

刑務所の中でも「そばにいる」という力

 

 

「Date with Dad(父とのデート)」は、バージニア州リッチモンドで始まり、12年以上にわたって続いているプログラムです。立ち上げたのは、黒人の女の子たちの自己表現とリーダーシップを育む団体「Girls for A Change」の創設者、アンジェラ・パットン。

 

アンジェラが少女たちと関わる中で気づいたのは、多くの父親が服役中であるという現実でした。あるとき、数人の少女たちが「父と一緒にダンスパーティーがしたい」と話したことがきっかけで、彼女はその願いを実現へと導きます。それがこのプログラムの始まりです。

 

ドキュメンタリーでは、このプログラムに参加する十数名の受刑者の父親たちを密着しています。ただし、参加するには「行くだけ」では済みません。彼らはまず、10週間のコーチングプログラムを修了しなければなりません。

 

映画では、彼らが犯した罪の詳細は明かされません。しかしインタビューでは、社会からのプレッシャーがどれほど自分たちの選択に影響を与えたかを率直に語ります。彼らは責任を放棄しているわけではありません。自分の行動が結果的に刑務所に繋がったことは理解しています。ただ一方で、「選択肢が限られた世界で、自分はどこに向かえばよかったのか?」という問いを投げかけます。

 

彼らの多くは、父親もまた服役経験があるような家庭で育ってきました。「父のようにはなりたくない」と誓ったはずが、気づけば同じ道をたどってしまった――そう語る男性もいます。ある男性は、父親に「愛してる」と言われたことがないと打ち明けます。「うちの家族は、そういうことを言わないから」と。

 

「Date with Dad」が提供するのは、ただのダンスパーティーではありません。それは、“つながる時間”であり、“癒しのきっかけ”であり、そして――根深い世代間の連鎖を断ち切るための“最初の一歩”でもあるのです。

 

なぜ「そばにいること」が大切なのか

 

 

赤ちゃんが生まれて最初にすることのひとつは、触れようとすることです。ぬくもりに触れ、安心を感じる——人間は生まれながらにして「つながり」を求める存在であり、触れるという行為は、もっとも基本的でありながら、しばしば見落とされがちな必要なことです。それは父親が愛を伝える手段であり、子どもが「守られている」と感じる瞬間です。特に少女にとって、愛情深い父親の存在は、自信や自己肯定感、感情の成長に大きな影響を与えます。

 

けれども、親がいなくなる——それが服役によるものでも、その他の事情でも——その不在は心にぽっかりと穴を空けます。子どもはその喪失を完全には理解できなくても、深く感じ取っています。その空白は、混乱や見捨てられた感覚、そして大人になってからの親密さや信頼の問題へとつながることもあります。やがて「愛とは何か」「自分は何を受け取るに値するのか」という問いにも影響していきます。

 

「Date with Dad」は、こうした現実に正面から向き合うプログラムです。刑務所にいる父親たちと娘たちが、実際に会い、触れ合うことで、父親たちは自身の不在が娘たちに与えた感情的な影響と向き合わされます。そして、ようやく抱きしめられる瞬間は、涙なしには見られないほど心を揺さぶります。

 

怒りに満ちていたサンタナは「パパ!」と叫びながら、父の腕の中に飛び込みます。その頑なな態度は一瞬で溶け、愛されたかった10歳の少女の姿が浮かび上がります。希望に満ちていたオーブリーは、何度も「7年後だよね?」と父に問いかけ、その再会の約束を信じようとします。父を知らずに育ったジャアナは、距離を縮めようと懸命に向き合い、ラジアは言葉では表せない想いを涙で流しながら、父にしがみつきます。

 

 

こうした娘たちの感情と触れたことで、父親たちの心にも変化が生まれます。ドキュメンタリーによれば、「Date with Dad」に参加した男性の95%が、その後再び刑務所に戻ることはありませんでした。ある男性はこう語ります。「ストリートに愛はない。お前の娘だけが、お前を愛してくれる。」

 

娘たちは、ストリートが決して与えられなかったもの——変わる理由、そばにいる意味、希望——を父親たちに与えてくれたのです。

 

数年後、ドキュメンタリーは再び彼女たちのもとを訪れます。サンタナの父親は出所し、4年間ずっと彼女のそばにいます。かつて怒りに満ちていた彼女の顔には、明るく無邪気な笑顔が広がり、車内で父と冗談を言い合う姿が映し出されます。時間とともに育まれた絆がそこにはありました。

 

一方で、かつて希望にあふれていたオーブリーは、8歳になった今、父親がさらに10年間刑務所にいると知り、その心に大きな衝撃を受けます。彼女は無口になり、父と話すことさえ避けるようになります。まるで、父と共に過ごせないという現実が、心の奥に何か大切なものを壊してしまったかのように——。

 

彼女たちはこれからも長い時間をかけて、父親との複雑な感情を整理していくでしょう。親子の絆は、ただの思い出をつくるだけでなく、自分自身をどう認識し、この世界をどう生きていくかを形づくる大切な要素です。

 

もし、あなたが親になるのなら、どうか、その愛を確かなものにしてください。励まし、導き、そして何よりも、「どんな時でもそばにいてくれる存在」として、子どもにとっての拠り所であってほしいのです。

ライター:プロフィール

インタビュー:條川純 (じょうかわじゅん)

日米両国で育った條川純は、インタビューでも独特の視点を披露する。彼女のモットーは、ハミングを通して、自分自身と他者への優しさと共感を広めること。


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